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「? なによ」
ぎりっと歯を食いしばり、きっっとリゼリを睨み上げて、
「下界に下りてこんな侮辱を受けたのは初めてです!!」
「わわ」

(半泣きで、何を喚くか?!この男は…って?)
「げ…げかい…外科医?お医者様?」

「違います!下界です!大地神ガーネシアの豊穣の下界、天神ソファスの清浄な天界っ!下界は大地神が作られた人が住む大地!人間は天神によって創生された生物!そんなことも知らないのですか!?」

敵を睨みつけるように男はヒステリックに叫んだ。
その内容に、リゼリはうんざりと顔をゆがめ、
「知っているわよ。そんな、御伽噺。きーきー声を上げるほど騒がないでよ」
(ち…。教会か神殿の信者だったのね…。『天地神』の信者って、思い込んだら手がつけられない奴多いのよね。しかも、横暴だし、乱暴だし、最悪だし――)
一瞬、脳裏に翳った人間の下卑た笑いを思い出し、頭を振った。
気持ち悪くなる気分を立て直すため、大きく息をついた。
男はリゼリの言葉に唖然として声を震わせて言った。
「お…御伽噺って」
「そうでしょ?大体、教会か神殿の信者たちは毎日せっせとお祈りしているけどね?いい。神様は、お祈りをしている信者に何を与えるの?何も与えないでしょ?信仰心で生きる苦しみを和らげようっていう考えの神父や教主や神官が居るみたいだけど、言っておくけど、無意味でしょ?そんなの、祈る時間すらもったいない。あたしだったら、薬の調合ひとつでもしているわよ。まあ、風邪薬の二十三包み分簡単に出来るわね」
大げさに手を広げて男に言う。
男は、不愉快気に眉を顰める。
男が不愉快ならば、リゼリは不機嫌だ。
(この手の人間って話が通じないからほんっとイヤ。神様がすべてで、それならなにやってもいいなんて、そんなこと許せるわけない。許さない――)
目の前を男を睨みながらも、その男とは別の『男』を重ねている。

「神は、きちんとお与えになってますよ?」

「は?何?」
緑の髪を持つ男と別の男の影が振れる。

別の男の影はなくなり、目の前には緑の髪の男がいた。
「天神は、『太陽』の光で陽光の恵みを。
大地神は、『大地』で大地に芽吹くすべてに生きる力をお与えになってます」
説法を説こうとする男にげんなりし、
(だめだわ――この男、聖典の原文とか毎日読んでそう。声に出して音読してそうね。うん)
微かに頭痛がしてきた。

「だから、そんな誰もが知っている、あるのか、無いのかわかりもしない“神の恩恵”なんかよりもきちんとした“神の所業”とやらを教えて見なさいってあたしは言っているの。助けてくれって、誰かが言えば、神様は誰かのために助けてくれるの?くれないでしょ?」

「――――――貴方は、助けてほしかったのですか?」

紅い瞳がリゼリを見つめた。
その瞳に視線をそらし、呟いた。
「………あたしの、話じゃないわ」
見透かされた気分になった。
いや、まるで見透かされている。

「…。確かに、直接的に天神は、神は“何もしません”けれど――――――だからこそ、僕たちが居るのです」
哀しそうに伏せた瞳を、リゼリに向ける。
その眼差しはとても強いく、意思に満ちていた。

「僕たち、『天使』が…」

「は?」

思わず間の抜けた声を上げてしまった。
(そういえば、さっきもなんか、そんなこと言っていたような…。あまりにも馬鹿らしいから脳が拒否したのね、きっと)
しかし、この男は、―――――…天使の意味を知っているか?
リゼリは男をまじまじと見つめる。
緑の髪に赤い瞳。
一際輝く襟の飾り。緑色――翡翠だろうか――宝石。 
「天使です。て・ん・し」
『下界』を『外科医』と間違えたように別の言葉にリゼリが脳内変換していると心配になったのか、しつこく言葉を繰り返す。
「はぁ」
そんなことぐらい、知っているわよ。と悪態をつき、リゼリはふと考える。天使とは、背中に“翼の生えた”、天上人とされている天界の住人。天神の御使い。
(いやいや、神に仕える翼の生えた存在を総称して『天使』という。だから、大地神の御使いも『天使』)
まじまじと男を見みつめる。

 ふっと、月が雲に隠れ泉に闇が満ちる。
男の赤い瞳だけが、爛々と輝いて見えるのは気のせいだろうか…。
リゼリはその深紅の瞳を見つめながら、青年の言葉を脳裏に反芻させた。

「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」

お互い、相手をじぃぃいと見る。
長い沈黙の後、リゼリは間の抜けた声を上げた。

「は?天使??」

羽の生えている人間。羽根の生えている人間。脳に、じわりと何かが、恐怖にも似た『何か』広がっていく――ような気がした。だが、リゼリはその『何か』に気づくこともなく人差し指を男に指し、

「…………ててててててて」
「天使」
「天使!?嘘!?本物!?ていうか、たまたまの希少種族の、見世物小屋で一攫千金は!?いやいや、天使なら神殿に、違う!教会、そう!教会に売れる!!一生遊んで暮らせる!!楽園(パラダイス)!!」
歓喜とも狂喜とも言えない叫びを上げ、ガッツポーズを取っていたりした―――。
そして、はっとして我に返り、思わず口元を押さえる。
(…うわぁ~………遅かったよね。はははは)
口元を引きつらせて、思わず一歩後退している天使は、いつでも飛びたてる準備をしているかのように間合いを取っている。
リゼリが飛びついて羽ばたいていこうとするのを妨害できないように。
「冗談よ?じょーだん。ねね。ほら、警戒しないで。ちちち。ほらほら」
猫を呼ぶかのように指先を動かす。――ちなみにリゼリはこの言動で猫が寄ってきたためしはない。むしろ逃げられる。

「…………………」
不信感と嫌悪感で顔を歪ませた男――天使に苦笑いを浮かべ、
「わかったわよ。はいはい、わかりました。百歩譲って、冗談じゃないとしても『天使』は信じないわ。うん。あたしを誤魔化そうたってそうは行かないわよ!」
胸を張って投げやりに言いつつ強きな言葉を天使に向けた。そのリゼリの背中は冷や汗でべったりなっているが。
(いや…実際、本当に、天使?だったら、ちょっと、一攫千金はむずかしいなぁ…。ちっ。いや、丸め込んで……、今さっきでは難しいわよね…?)
大きく溜息を付く、と天使はその様子にリゼリが己の存在を信じていないと受け取り、
「信じてないですね…」
「当たり前でしょ?羽だって、いきなりで、きちんと見てないし……、出して見せてよ。そうしたら信じるわ」

「…………………」
その無遠慮な言葉に天使は不愉快そうに、眉をひそめる。
(まあ、天使ならそんな反応するかもしれないわね)
神を否定して、天使を、自分を否定した上に、見世物小屋に売って一攫千金と言い放つ人間にわざわざ見せるほど愚かではないだろう。

「はぁ…もういいわよ。見せなくても。興味、もう無いし」

乱暴に髪をかきあげる。
雲に隠れていた月が現れ、月光があたりを照らす。
ぎょっとして髪をかき上げたまま固まる。乱暴にかき上げた髪が手からこぼれ頬を撫でる。
リゼリは息を呑んだ。
(パニックになっていた上に、暗くて、わからなかったけど…っ)
目の前の男は、いきなり固まった娘を畏怖かしむ。

「――――あんた」

衣服が、ところどころ切り裂かれ、白を主体とした男の服には水に濡れて『赤』と思われる色がにじんでいた。特に、酷く見て取れた彼の、腹部からはまるで血を吐いたかのような紅色。

紅い血が。

(頬に、当たった…あの時の水滴は―――――――彼の血……っ。)
息が止まる。
男は、ふと自分の惨状にリゼリが驚いていることに気づき苦笑いを浮べる。
痛くはないのだろうか?この男は?
恐る恐るリゼリは男に近寄る。

「大丈夫――――…なの?」

「平気ですよ。かすっただけですから―――――」
近づくリゼリに何を思ったのか天使は警戒することなく、怯え青ざめる少女を困惑した表情で見つめた。

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あらすじ。

薬師と天使

クライン領「ハーバル町」の薬師「リゼリ」(金銭貪欲)にうっかり弱みを握られてしまった(もとい、リゼリの裸を見てしまった)
天使「クロード」(綺麗事大好き)のドタバタ繁盛記(コメディ)(?)。

※暴力表現とか流血表現とかあります。
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