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【2】



 ヴェルゲンの笑い声が高らかに響く。

「で?だからなんだ。犯罪者を擁護すると言う事は――」
「マルアさん。領館からハーバルまでどのくらいの距離ですか?」
「え?どういう…」
「では、言葉を変えます。どのくらいの時間で往復出来ますか?」
その言葉にマルアははっとして、

「少なくても、五時間はかかるよ!」

五時間…。
クロードは昨晩深夜に見た灯りと国軍兵の時間を照らし合わせる。
ギリギリ――だが、
「成分を分析して、その結果を領主館に持っていくのでしたら――少なくてもミランダさんが死んでから一日は必要ではないですか?あまりにも…」
「早すぎる?」
クロードの言葉を埋めるようにマルアが微かに震える声で言葉を紡ぐ。
ヴェルゲンは、クロードを睨めつけながら高笑いを上げ、

「なるほどなるほど――。噂では尻に敷かれているだけのヘボだと聞いていたが…意外と眼につくようだな」

嘲笑を上げたヴェルゲンは、クロードに告げる。
ヘボと言われたクロードは、微妙な顔でヴェルゲンを見、そして『調査』されていることに目を細めた。
ヴェルゲンは両腕を広げ、クロードにリゼリがいかな存在かを教えるために声を高らかに上げた。
「『神罰者』という人間を知っているか?その存在自体が――」
「『神罰者』とはかつて『大罪』を侵したとされる人間とその一族に刻まれる『証』です。その『証』は激痛を伴い、当事者とその親族に罪深さを『肉体《にくたい》』の痛みを持って告げます。その苦しみから逃れるすべは、『許される』まで贖罪を続けること」
言葉を遮られたヴェルゲンは、クロードの言葉に目を見張る。
神罰者などと言う存在は、天使が行う神託によって『神罰』が下される。西の大陸では、語り継がれるほど天使降臨がなく、流れ着いた『神罰者』以外存在しなかった。故に、西の大陸は『神罰者』の知識はあまりにも稚拙で、扱いは『寛容』だった。

「彼女は、日常生活に『苦痛』を伴ってない――ならば、彼女はもう『神罰者』ではない」

その言葉に、ヴェルゲンはクロードの隙をついて彼を押しのけ、後ろで唖然としていたリゼリの左肩からワンピースを引き裂いた。
「っ!?」
「リゼリ!!」
「な!!」
肩口から巻かれた包帯に手をかけると同時にクロードの鉄扇の一閃が前を横切り――それをヴェルゲンは紙一重でかわした。

「そんなものを持つ――その人間が『神罰者』ではないと?」

兵士が息を飲む音と、マルアの震える声と――、クロードの…。
包帯がはらりと解け、刺青の様な――茨の刻印が現れる。
はだける胸元を押さえて、リゼリは床に崩れる。
身体は、破れた衣服を掴む指先が震える。
恐怖だ。
自分が『人間』でないと――異分子として視られる、恐怖だ。

「それは神から見放された――――-」

「神殿特区権、ご存知でしょうか?」
高らかに、断罪者として声を上げる男に――クロードが冷ややかにつぶやく。
そして、
「神は、その神の怒りを身に受けたものを殺すことなく『生かせ』とお命じなった――」
そして、
「そして、『許せ』とも」
その言葉に震えていたリゼリがクロードを見た。
すがるような――眼差しだ。
始めてであった時――彼女は言った。



『助けてくれって、誰かが言えば、神様は誰かのために助けてくれるの?くれないでしょ?』
『―――――――貴方は、助けてほしかったんですか?』



「―――、『原初の天使』は――『行為は跳ね返る』とよく言った」
鉄扇が開かれ骨を留めている留め具を外した。
骨が扇面を兼ね備えている鉄扇のその一骨一骨の先が、短剣の様な刃となって床に散る。
クロードは一枚の骨を水平にもち、ヴェルゲンにその切先を向けた。

「っ国軍にっ!領主に立てつく気か!!」
「だからなんだ――それで貴方が行った彼女への仕打ちが許されるとでも?彼女は――」

「おいおいおいぃぃ!!」

ヴェルゲンとクロードの言い争いに大声を上げて店の中に入ってきた男が兵士を押しのけ、ヴェルゲンとクロードと、リゼリを見て――ヴェルゲンの横っ面に拳を叩き入れた。最速で。
ヴェルゲンは棚に勢い良くぶつかり、鼻から血が垂れ、隊長が殴られたことにより部下である二人の兵が剣を男へと付きつけるが、

「ルイス!」

マルアの安堵した叫びが響いた。

ルイスはクロードの鉄扇の残骸と彼が持つ一枚の骨を見て片眉を跳ねあげ、
「まあ、女を護る甲斐性はあったと、な。ははは」
笑い声を上げ、国軍兵――ヴェルゲンに軽く笑いかける。
「まあ、まあ落ちつけよ、ヴェルゲン」
そう言って、兵士の肩を叩き、
「まるで犯人がリゼリと決めつけた行為、褒められたもんじゃねえな。なあ――国軍兵さんよ」
がっと兵士の肩を掴み力を込める。
「っな、何を―――」
「ヴェルゲン連れて、とりあえず詰め所に帰還した方がいいぜ。ご領主の私兵長と側近の騎士殿が来ている」
その言葉に、ヴェルゲンが忌々しいと小さく悪態をつく。
鼻から流れる血を手の甲で拭い、
「貴様の様な存在が、秩序を乱す」
「ハーバルの秩序は保たれている。町長に聞いてないのか?ハーバルの『秩序』は、お前らが無体なことをしない限り、保たれているんだ。――失せろ」
視線を交わし合い、ヴェルゲンは無言で店から出ていく。
その際に、クロードを視界に止めて――、

「次は、『暗器』を所有しているその男の身元も確認しに―――」

「問題ありませんよ。僕に関しては第四神殿にお問い合わせください。緑の髪と赤い瞳の男といえば神官や神殿騎士達は存じていると思います」
確認しに来よう、とヴェルゲンの言葉を遮りクロードは視線で「さっさと帰れ」と告げる。
「……なるほど。神殿の関係者か」
だからか――。
苦々しく悪態をつきながら部下を連れてヴェルゲンは去った。


***


 ブルーグレーの飾り気のない引き裂かれたワンピース。
クローゼットの中にある、仕事着以外の服を取り出し身に付ける。
白地に青と緑の刺繍の入った、ノースリーブのワンピースだ。
紺色のカーディガンを羽織り、居間へと向かう。

倒れたかった。
倒れて、次に気がついた時は――全部夢だと思いたかった。

リゼリは居間で沈痛な表情を浮かべるマルアとルイス――そして、神罰者と知って――庇うとは思わなかった『天使《クロード》』を見た。

「ルイスさん…ごめんなさい」
まず始めにルイスさんに深く腰を追って謝罪をする。
取り返しのつかないこと――それを心配し忠告やアドバイスをくれていたルイスに、顔向けできない事態だ。マルアも、血色の良い顔が青白くなっている。
「マルアおばさんも、心配掛けてごめんなさい」
「…いいんだよ。リゼリ、いいんだよ…」
泣き出しそうなくらい顔歪めて、マルアは小さく言葉を落とす。
「なんで、こんなことに…」

誰もが思っていることだ。

ミランダが、死んだ。
リゼリの薬を昨日購入した事実、そして、リゼリの薬の成分が毒に匹敵するものだった。
だが、かなりの異臭がするはずだと言うのに――ミランダはそれを飲み…死んだ。
「町長から、国軍が正式に身柄を要求してきた場合は時間を稼ぐように頼んである。その間に、真犯人を見つけるんだ」
ルイスの言葉にリゼリ、マルア、クロードの三人が彼に視線を向ける。
「リゼリじゃないと俺は信じている。いや、確信している。このバカはどうしようもないトラブルメーカーだが、毒薬を売るほど――『翡翠屋』を落とすことはしない。バルッシャのばーさんだってお前のことを信じていからこそ、この店を譲ったんだ」
その言葉に、リゼリは涙を溢れさせた。
両手で顔を覆い、
「ごめんなさいっごめんなさいっごめんなさいっ」
必死で謝罪を繰り返す。


いつか、こんな日が、来ると思っていた。
あいつは――あたしという存在が許せないのだから――。
絶対に、見逃したりはしない――。


マルアがそっとリゼリを抱き、大丈夫、大丈夫だよ――そう語りかける。
「泣くのはいいがな、この場合は『ありがとう』だろう?」
「……っありがとう……ルイスさん…おばさん…っ」
擦れでた言葉に、ルイスが肩をすくめにやりと人の悪い笑いを浮かべた。
そして、クロードを指さし、
「斬られそうになったお前を助けたのは、そいつだろう。クロードに礼くらい言ってやれよ」
笑う、とクロードはぎょっとして両手を振りながら、
「べべべべ別にいいです。大丈夫ですよ!それに、真犯人を見つけ出さないと!」
「……」
脅えながら拒否るクロードをリゼリは知らずと睨みつけていた。
その様が、尚更クロードを怯えさせる。
先程ヴェルゲンと対峙した男とは思えないほどだった。

(第四神殿――ねえ…)
ルイスはそんな二人を表面上笑いながら見つめ、心中ではクロードに不信を募らせる。
鉄扇――しかも、剣を受け止められるほどの暗器を所持する者。
神殿内には古の時代よりある《遺産》と呼ばれる不解明な効力を発揮する道具があるという。
その道具の所持者にしても、暗器を使う神殿の関係者ならば――神を信仰する神殿の表ではなく――裏の存在。そう、ルイスは睨んだ。

(やっかいなことだぜ…)

心中溜息をつき、騒ぎ出したリゼリとクロードに呆れる。
拳を振り上げるリゼリの脳天を平手で叩くマルアに抗議するリゼリ。
いつもの情景に、どこかほっとしていた。


そして、小さな心の痛みを感じながらもそれを隠したクロードは毒づく。

(――やっかいなことになりました…)

第四神殿に問い合わせがあれば所在が知れる。
所在が知れれば、――きっと天使長が来るだろう。
(まずい、これは非常にまずいことに…!!)
リゼリの問題を解決した後に、聖石を返してもらい天使長に土下座するしかない。

そう、リゼリの拳に殴られながら――心中で涙を流した。

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あらすじ。

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※暴力表現とか流血表現とかあります。
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