【1】
ガラガラガラ、ガッタン。
いまだ舗装の手が入っていない海辺に近い林道。
その林道に一台の古ぼけた赤い馬車が走っていた。
ガラガラガラ、ガッタン。
ガッタン、ゴットン、ガタガタ。
「………」
馬車の車内には一人の老女がいた。
骨の浮き出た両手で杖を持っていた。
馬車の進行歩行と同じ向きで座る彼女は手に持っていた杖で向かいう座席壁を力強く数回付く。
「もっと揺れを少なくしてくれんかのぉ!」
「っばっちゃん!無理だって!仕方ないってっ…っぅおぉ!?」
老女の怒声と、御者の青年の叫び声。
ガタガタガタっ。
砂利とこの地方のでよく見られる白砂に車輪が取られる。
「っこら!腰が痛≪いと≫うて…っ」
腰痛を抱える老女が皺の入った顔をゆがめた。
髪を隠すようにフードをかぶった彼女のこめ髪から、はらりと白髪が落ち、
「小僧《シオグ》!!ワシの骨を砕く気かい!」
「ばっちゃんっ!滅茶苦茶言わんといてぇっっ。この道は前から『こう』だって知ってるだろっ」
「知っとるわっ!だからもうちょっと静かに走れといっとるんじゃっ」
「無茶苦茶な~~~っ」
揺れる馬車の中と外でこの様な横暴なやり取りがなされてしばらくした後、御者の青年・シオグは「それ」を見つけて慌てて馬車を止めた。
馬の嘶きが響き、老女は前のめりに倒れかけ、
「なっなんじゃ!?」
慌てて窓から外を見る。
林――。
まだ、海辺に近い林道だ。
「小僧《シオグ》どうした――」
「ばっちゃん!人が倒れている!!」
そう言って御者台から青年が飛び降り、
「こら!シオグ!!」
老女は声を張り上げて叫ぶ。
青年は、砂と砂利の道に横たわる「それ」を抱きあげ――、
「おいっおい!大丈夫か!?」
「バカモン!そっちの草むらに置きぃ!」
馬車からやっとのこと降りた老女が、シグオに芝生の群衆した柔らかい地面を杖で指す。
シグオは命じられたまま、「それ」を芝生に横たえ、
「ボロ雑巾のような小娘じゃの」
老女が「それ」を見つめ、
「ふむ。微かに胸が上下しておるが、頬が赤いく、爪はぼろぼろ。腕にかすり傷――ふむ。傷が海水で炎症しておる…」
なるほどなるほどと、「それ」――幼い少女を杖の先でつつく。
突いた先は少女の左腕――茨模の様な複雑に絡まり合った青黒い刺青。それを目を細めて見つめる。
(これは…)
その複雑に絡まり合った模様の刺青に眉をひそめ、ぐりぐりと杖の先で抉るように刺青を押す。
「ばっちゃん!」
そんな老女にシグオは声をあら上げ、老女の杖を少女の腕から払う。
「煩い!黙らんか、シグオ!!」
老女の怒声にシグオはビシっと直立で固まる。
これは昔からの癖だ。老女はシグオが子供の頃の悪戯に腹を立てて酷く懲らしめた。したがって、懲らしめられた悪戯小僧共は老女の怒声を聞くと身体がピンと背を伸ばして硬直してしまうのだ――恐怖で。
老女は懐から布を取り出し、少女の腕に巻いた。
これは決して人に見せてはならないものだ。
「?」
「シグオ、今見たことは忘れるんじゃ」
「え?」
「いいか。今、見た、ものは、忘れるんじゃ」
その強い言葉に、シグオは目を丸くし、
「あ、ああ」
困惑しながらも、怒鳴られることを恐れて頷く。
老女はため息をつき、
「ハーバルまであとどれくらいじゃの」
シグオに問うと、シグオは首を捻り、
「あと三時間ほどだと思う」
「そうか。ならシグオ。荷物に水があったはずじゃの。持ってこい。あと町で買った布とワシの荷物の包帯を――」
老女はそうシグオに指示を出し、シグオは老女の言うまま慌てて馬車に戻り荷を持ってくる。
うっすらと少女の瞼が開いていることに――二人は気づかなかった。
これは、今より、八年前の出来事だ。
(ああ…)
彼女は目を覚ます――。
『過去《かつて》』の、始まりを――。
そして、『今日《いま》』と言う、始まりの為に――。
「……んー…」
上半身を起こし、彼女――リゼリは寝台の上で背伸びをした。
「はー…っ。嫌な夢見た…」
ぼんやりとした視界で部屋を見ました。この部屋はリゼリの部屋だ。クローゼット、タンス、机、ベット。
床に敷かれた麻のラグ。
ラグの上に置かれた綿の布のクッション。タンスの上には、古ぼけた『初めて』買ってもらったクマのぬいぐるみ――。
「バルッシャばあちゃん…」
しわがれた声と、ちょっと横暴な部分のある、この薬屋『翡翠』の元主――。
(冷たい牢獄で―――、命を終えた、あたしの…)
「…~ん、リゼリさ~ん」
暗い思考にのんきな声が重なる。階したから、数日前に雇い入れた使えない天使《クロード》の声だ。
リゼリは盛大に肩を落とし、頭を抱えた。くしゃくしゃに亜麻色の髪をかきむしり、
「マジで食い扶持増えただけじゃんっ!金かかる!!」
枕を掴み、ボスっと拳を叩きつけた。
ガラガラガラ、ガッタン。
いまだ舗装の手が入っていない海辺に近い林道。
その林道に一台の古ぼけた赤い馬車が走っていた。
ガラガラガラ、ガッタン。
ガッタン、ゴットン、ガタガタ。
「………」
馬車の車内には一人の老女がいた。
骨の浮き出た両手で杖を持っていた。
馬車の進行歩行と同じ向きで座る彼女は手に持っていた杖で向かいう座席壁を力強く数回付く。
「もっと揺れを少なくしてくれんかのぉ!」
「っばっちゃん!無理だって!仕方ないってっ…っぅおぉ!?」
老女の怒声と、御者の青年の叫び声。
ガタガタガタっ。
砂利とこの地方のでよく見られる白砂に車輪が取られる。
「っこら!腰が痛≪いと≫うて…っ」
腰痛を抱える老女が皺の入った顔をゆがめた。
髪を隠すようにフードをかぶった彼女のこめ髪から、はらりと白髪が落ち、
「小僧《シオグ》!!ワシの骨を砕く気かい!」
「ばっちゃんっ!滅茶苦茶言わんといてぇっっ。この道は前から『こう』だって知ってるだろっ」
「知っとるわっ!だからもうちょっと静かに走れといっとるんじゃっ」
「無茶苦茶な~~~っ」
揺れる馬車の中と外でこの様な横暴なやり取りがなされてしばらくした後、御者の青年・シオグは「それ」を見つけて慌てて馬車を止めた。
馬の嘶きが響き、老女は前のめりに倒れかけ、
「なっなんじゃ!?」
慌てて窓から外を見る。
林――。
まだ、海辺に近い林道だ。
「小僧《シオグ》どうした――」
「ばっちゃん!人が倒れている!!」
そう言って御者台から青年が飛び降り、
「こら!シオグ!!」
老女は声を張り上げて叫ぶ。
青年は、砂と砂利の道に横たわる「それ」を抱きあげ――、
「おいっおい!大丈夫か!?」
「バカモン!そっちの草むらに置きぃ!」
馬車からやっとのこと降りた老女が、シグオに芝生の群衆した柔らかい地面を杖で指す。
シグオは命じられたまま、「それ」を芝生に横たえ、
「ボロ雑巾のような小娘じゃの」
老女が「それ」を見つめ、
「ふむ。微かに胸が上下しておるが、頬が赤いく、爪はぼろぼろ。腕にかすり傷――ふむ。傷が海水で炎症しておる…」
なるほどなるほどと、「それ」――幼い少女を杖の先でつつく。
突いた先は少女の左腕――茨模の様な複雑に絡まり合った青黒い刺青。それを目を細めて見つめる。
(これは…)
その複雑に絡まり合った模様の刺青に眉をひそめ、ぐりぐりと杖の先で抉るように刺青を押す。
「ばっちゃん!」
そんな老女にシグオは声をあら上げ、老女の杖を少女の腕から払う。
「煩い!黙らんか、シグオ!!」
老女の怒声にシグオはビシっと直立で固まる。
これは昔からの癖だ。老女はシグオが子供の頃の悪戯に腹を立てて酷く懲らしめた。したがって、懲らしめられた悪戯小僧共は老女の怒声を聞くと身体がピンと背を伸ばして硬直してしまうのだ――恐怖で。
老女は懐から布を取り出し、少女の腕に巻いた。
これは決して人に見せてはならないものだ。
「?」
「シグオ、今見たことは忘れるんじゃ」
「え?」
「いいか。今、見た、ものは、忘れるんじゃ」
その強い言葉に、シグオは目を丸くし、
「あ、ああ」
困惑しながらも、怒鳴られることを恐れて頷く。
老女はため息をつき、
「ハーバルまであとどれくらいじゃの」
シグオに問うと、シグオは首を捻り、
「あと三時間ほどだと思う」
「そうか。ならシグオ。荷物に水があったはずじゃの。持ってこい。あと町で買った布とワシの荷物の包帯を――」
老女はそうシグオに指示を出し、シグオは老女の言うまま慌てて馬車に戻り荷を持ってくる。
うっすらと少女の瞼が開いていることに――二人は気づかなかった。
これは、今より、八年前の出来事だ。
(ああ…)
彼女は目を覚ます――。
『過去《かつて》』の、始まりを――。
そして、『今日《いま》』と言う、始まりの為に――。
「……んー…」
上半身を起こし、彼女――リゼリは寝台の上で背伸びをした。
「はー…っ。嫌な夢見た…」
ぼんやりとした視界で部屋を見ました。この部屋はリゼリの部屋だ。クローゼット、タンス、机、ベット。
床に敷かれた麻のラグ。
ラグの上に置かれた綿の布のクッション。タンスの上には、古ぼけた『初めて』買ってもらったクマのぬいぐるみ――。
「バルッシャばあちゃん…」
しわがれた声と、ちょっと横暴な部分のある、この薬屋『翡翠』の元主――。
(冷たい牢獄で―――、命を終えた、あたしの…)
「…~ん、リゼリさ~ん」
暗い思考にのんきな声が重なる。階したから、数日前に雇い入れた使えない天使《クロード》の声だ。
リゼリは盛大に肩を落とし、頭を抱えた。くしゃくしゃに亜麻色の髪をかきむしり、
「マジで食い扶持増えただけじゃんっ!金かかる!!」
枕を掴み、ボスっと拳を叩きつけた。
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