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 町外れの泉。

 鳥の鳴き声や、虫の鳴き声が微かに聞こえる中、辺りを見回して誰もいないことを確認する。泉に手を入れ、町の水よりも若干温い水に少しだけリゼリは安堵した。
冷たい水浴びをするくらいなら、自宅の風呂でもできる。
少しでも温かい水で身を清めたかった。
でも、やっぱり――

(冷たい、かな)

雲に隠れている月を仰ぎ呟く。

「この際、仕方ないわね」

再度周囲を確認して持参したカゴを置き、痴漢撃退用の薬の入った円筒を取り易い位置に配置する。服を脱ぐ前に親指の第一間接ほどの銀の筒が幾つかついたのペンダントを取り出し装着した。
痴漢撃退用の薬品が入っている円筒は大小とあり、薬品を相手に投げつけられるようにリゼリが工夫を施したものだ。ただし、その工夫が最大の弱点であったりするのだけれど。

(ささっと煤を落として湖から上がれば、ペンダントも“大丈夫”だろうし。)

円筒の方と違い、ペンダントの筒は水に弱い。
急いで衣服を脱ぎ、さっさと泉に身を沈め軽い水音と共に眉をぐっと顰めた。

(やっぱり、温泉とは違って温くて冷たい。地脈云々でも、場所によっては温度差あるのね。早々に身体を洗ってさっさと帰ろう。身体を暖かくして風邪を引かないように寝なきゃね。)

公衆浴場は、昔噴水を作ろうとして井戸を掘り当てたら“温泉”が出たって言うことで、地学士たちが町周辺を調べると、なんと温泉の水脈があったとのこと。
ハーバル町の外では、ブレイ山脈と言う“大地神”の加護が厚い山脈がありその恩恵だと周辺の町村の『教会』は伝えてきた。

加護と恩恵――。
豊作、豊饒、丸々大地の恩恵を神より受けた山々に感謝しながらこの辺境の地では山と共に生きる人々が多い。
リゼリも貴重な種の薬草を山に登って採取し、秋の時期は“山菜”取りや木の実を取りに行ったりしている。
彼女にとって、『タダ』で薬草を手に入れられる貴重な仕入先だ。

 荒々しく水音を立てて、煤をこすり落とすように急いで身を洗う。
左腕の付け根から、左手首まで巻かれた包帯が落とされた煤で薄汚れ、水の染み込んだ包帯が腕の体温を奪うようで、寒さで身震いをする。
周囲を再度見回し、手早く包帯を解く。

 リゼリは苦々しく、左腕に描かれた茨の蔦のような刻印から、視線をそらし、手にした包帯で、強く強く、黒い刻印を落とすように、左腕を洗う。
一見刺青に取れる刻印は、彼女が生まれた時から刻まれている――そう亡き祖父に聞かされた。その刻印は、リゼリの左腕を逃さないように巻きつき、円を描くように彼女を縛り上げるようにあった。

(……こんな物さえなければ、……平穏な生活を送れたのに…)
ぎりっと歯をくいしばる音が響き、悔しさがにじみ出る。
悔しさと惨めさ――そして、恐怖だ。
誰かにすがることを許されない彼女が持つ、恐怖。
恐怖の刻印――。
しばらく身体を洗い、気持ちを刻印から離すように頭をふった。
誰かに見られる前にと素早く包帯で刻印を隠し、泉に肩までつかる。
水温に慣れたのか、冷たさは気にならず今は心地よい温度だ。
腕を伸ばして、ほっと一息つくと、突然――質量の大きな音が、泉一体に響いた。

大きな鳥が羽ばたく音――羽音が突如、泉を支配した。
今まで聞こえていた鳥たちや、虫たちの音が一瞬で消えのだ。
リゼリは慌てて、周囲を見回す。
眉を顰め、身を低くしながら岸へと向かいながら、リゼリは息を呑む。
再度、羽音が響く。
まるで、絡み合うような音。

(…鳥が、2羽?)

月は未だに雲に隠れている。
「な…なんか…、争ってる?」

心臓の音が、鼓動が早まる。ぞくりと悪寒が立つ。
そっと、手を胸元…銀のペンダントに持ってくる。
筒を握り、リゼリは岸へと急いで泉の中で身を動かす。
頬に何か暖かいものがぱたぱたと当たり、そっと指で拭う。
雲に隠れた月の下では、その色ははっきりとは見れない―――けれど、この臭い――、

「――――…血?」


つぶやきと一斉に、鳥が羽ばたく。
夜空に、月のみの月光の灯かりの下、黒い鳥たちが舞う。
黒い羽根が、何枚も落ちて水面に波紋を描き、一際大きい、鳥。

それが、次第に、大きく、大きく、……―――――!!

どぼんと大きな水音を立て、大きな水柱が上がり、白い羽根が目の前を泳ぐ。

ひらひらと。ひらひらと――。
空を舞泳ぎ、水面に着地。
波紋を描く。

リゼリは水柱に驚き思わず滑って頭から泉に潜ってしまい、羽根が描く波紋のさらに大きな波紋を水面に浮かべた。
頭から水を滴らせて、白い羽根の舞う最中呆然と水中でそれを見つめていると、雲が晴れ月が顔を出し蒼白い光を降り注ぐ。

月光と、水と、白い羽根・黒い羽根…。


泉から顔を出した彼女が見た光景。
慌てて、両手で水をかき体制を整える。
が、言葉にならない言葉しか出で来ない。

「なんあなんああ、なななななっ」

『それ』を見て、腰を抜かしそうになった。

ばさっ。
一羽ばたきした、白い大きな翼。

白い翼の生えた変な『モノ』が、そこには居た。
白い、―――…月光の光の下では、青白い、翼。

 水面には、幾枚もの羽根が浮かび。それは、翡翠の色を持って、

「いたたたた……」

その一声でリゼリは一気に現実に引き戻されるが、まだその光景をぼんやりとしか認識していなかった。それは、翡翠の髪を――頭を振りかぶって、顔を上げた。

 深紅の瞳。

視線が合う。
何の、言葉も、動けずに居るリゼリとその瞳が“逢う”。
驚きに満ちた瞳。

“何故、ここに―――ヒトが?”

そう、瞳に現れる。
「えっと…」
『それ』が言葉を紡ぐ。だが、リゼリは、何の言葉も、何の行動もできずにいた。
その深紅の瞳に囚われてしまったかのように――その白い翼をもつ者に――『恐怖』を感じた。

固まったように動かないリゼリに、『それ』は慌てて水を掻き分けながら腕を伸ばし、

「伏せて!!」

ばっと白い翼を広げ、リゼリを押しのけ彼女を背にした。

『――――――――――!!』

何かが何かを強く強く叫ぶ。
すると、突風が起こり大地に散っていた葉や草花、小枝などが空を目掛けて舞う。



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あらすじ。

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※暴力表現とか流血表現とかあります。
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