はらりと、舞い上がった最後の一枚の葉が水面に落ちる。
翼―――白い翼を目の当たりにして彼女は動けずにいた。
ゆっくりと、それは振り返った。
長い翡翠の髪、深紅の瞳。
薄暗い月光の中でもはっきりと見取れる中世的な顔立ちの、青年。
『それ』は、リゼリを上下視線を動かして見つめた。
『それ』の顔が思わず固まり、次第に赤く染まる。人間味あるその表情で、彼女は恐怖で固まっていた頭(身体)が、一瞬で頭に血が上った。
『それ』――彼が、彼女の裸体を眼の当たりにし固まっていたからで…。
「いやーーーーーー!!」
大声で叫ぶリゼリに、男は気が動転して数秒前の彼女と同じように言葉にならない言葉を上げる。
「あわわわ!?ええええええ!?」
「いいから、早く上がってよ!!こっち、見ないで!!」
じゃぽんと水の中に身体を隠す。
薬を使う使わない以前に彼女の頭の中がパニックに陥ってしまい、
「えあ、ああ!!すみません!!」
じゃばじゃばと、男は水を掻き分けるように岸に上がる。
「こっち見るな!!」
振り向こうとしたのでリゼリが大声で怒鳴る。
(なんなの!? 一体っ)
パニックに陥ったリゼリは、水の中で頭を抱える。
再び月は、雲に隠れた。
薄暗い中、リゼリは目の前の男を凝視する。
(白い翼があった。確かに、翼があったのだ。なのに……)
「えっと……」
男は「たはは」とばつ悪そうに笑いながら、リゼリを見つめる。
急いで泉から上がったリゼリは、身体を拭いて身支度を整えていきなり空から落ちてきた男を睨みつけた。
濡れた髪が酷く気持ち悪くタオルで無造作に拭いた。目の前の男もずぶ濡れのようだが、裸を見られたことによってタオルを貸してやるという気がまったく起きない。
リゼリは、鋭く男を睨みつけながら、
「確か、あなたの背中に“翼”が生えていたような気がしたんだけど?」
「あはははは……気のせいですよ~、うん。絶対気のせいです!」
と、口元を引きつらせてあからさまな嘘を、下手な笑顔で隠す男。
「ふ~~~~ん。まあ、いいわ。ところで、何で空から落ちてきたのよ?」
「え」
「だから、『何で』空から落ちてきたのよ?不思議ね。泉の周囲には木が生えてるけど、泉の水面に掛かるような枝を持つ木は…―――見当たらないわよねぇ?」
男は、思いのほか困った顔でおろおろとしている。
眉を顰めて、どう言い逃れしようか考えているのがありありと感じ取れた。
その男のさまを見ていたリゼリの表情は次第にやわらかくなっていく。
先ほど本能的に感じた恐怖感など吹き飛ばすくらいに、彼女の心は躍っていた。
(ふ…。落ちるわね、この分じゃあ!)
心の中で低く笑いながら、
(背中に羽の生えた『人間』!どこかの希少種族かなにかよね。きっと!あ、もしかして亜人種とか!?見世物小屋に売れば、一攫千金!!ううん、どうせならあたしが『コレ』を見世物にして金銀ざくざく!よし!)
心の中でガッツポーズを決めた。
胸元の銀筒のペンダントトップを指先に絡める。
はたから見れば落ち着きの無い行為と思われるよう何度も何度も、繰り返し絡めて指先で弄ぶ。
痴漢撃退用の『薬品』の入ったペンダントをいつでも目の前の男に叩きつけられるように。
(見世物だし、なるべくそうね――顔は良さそうだし、なるべく体を傷つけないで捕らえたいわよね。しびれ薬、催眠剤…それとも『とっておき』でも使おうかしら)
そんな、リゼリの腹の内を知らない男は苦々しく息をつく。
「う~ん…あまり、下界の人との接触は規定違反になってしまうのですが…」
ぼそぼそと呟きながら男は、何かを決心したように彼女を見据える。
思わず、銀筒をペンダントから外して薬を男に向かって投げようとしていた、初動作した手が止まる。
「――――…実は、僕は」
リゼリは、男の真剣な眼差しに一瞬身を竦ませた。
企みを見透かされたような感じがし、薬品の入った筒を持つ指先に力がこめられる。
「な、なによっ」
「天使なんです」
(―――――――………)
「てい」
男に向かって『しびれ薬』の入った筒を放り投げる。小さな銀筒に入った薬が空中で筒の中から飛び出て、男に降りかかる――ハズ…だった。
それは、男の胸に当たってぽとりと落ちた。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
長い沈黙。
二人が銀筒とお互いの顔を見合わせ、
「あれ?」
男はどう反応していいのか困っているようで、それ以上にリゼリが困っている。
あれ?と声を上げたリゼリは口元に手を当てて男から顔をそらした。考え込み始めたリゼリに男はどうしたのかと首を傾げ、
(おかしわ。筒は空中でバラけて、対象の人物に降りかかるはずなのに…)
リゼリは、再び銀筒が落ちた先を見つめた。ふと、気持ち悪いと思っていた髪の毛先からぽとりとしずくが落ち、一気に血の気が下がる。
(!! あ~~~っ。しまった!やばいわ。水濡れ厳禁だった!軽く濡れるならともかく、泉に頭からあたし浸かっちゃたんだった…。この容器の最大の弱点忘れてたわ!)
思わず、頭を抱える身悶えるリゼリの脳内にリフレインする言葉。
一攫千金。
リゼリの百面相と突然の奇行にやや男は引きつつも手持無沙汰のまま立っていた。
(男…おとこかぁ…――女だったら、多少なりとも強引に縛り上げて捕まえられるのにっ)
舌打ちして、次の行動を考える。
すると、
「あ…あの~~」
「何よっ!?」
「……帰ってもいいですか?」
びくりと身を震わせて恐る恐る問いかけた男に、リゼリはその言葉に眉を顰める。
そして、ひらめいた。
「あんた、タダで帰る気?」
「え?」
「あんた、あたしの『裸』拝んだでしょ?」
「ええ!?」
「あんた、あたしが、タダで、『裸』を、拝ませるとでも、思っているの?」
「おが…ていうか、僕、拝んでも好きで見たわけでも、ていうか、事故でしょう!?」
男は慌てて言い募る。
「ねえ、貴方。羽が生えてたわよね?」
「あ、で、ですから、僕は―――」
「素直に、あたしの裸体を見たお礼として、さ」
にっこりと、男に微笑みかける。
にじり寄るリゼリと、逃げ腰で後方に下がる、男。
「見世物小屋に売られる気、なぁい??」
「ないですっ」
きっぱりと言い放ち、眉を顰める。
「変質者」
「なっ」
「自警団に通報するわよ」
「っっっ」
「うら若き乙女の生肌を、木陰で覗き見して、泉で身を清めていた私にいきなり襲い掛かり一生消えない傷を作った……。ううううう」
「はぁ!?なんで!?どうして!?僕は無実ですし、天神に誓ってそんなことしませんっ」
「神様に誓ってぇ??あたしはじーじーつぅ(事実)を言ってます~」
「……――っっ」
(青くなったり、紅くなったりと、忙しいやつね。う~ん。この男、かなりからがいがあるわ)
男を観察しながら、内心からかうのが面白くなってきたリゼリがもっとからかってやれっと口を開いた。
「―――……下界に下………こんな…」
男は震える声でそう呟く。
からかおうとしたリゼリは言葉を飲み込み男を見た。
翼―――白い翼を目の当たりにして彼女は動けずにいた。
ゆっくりと、それは振り返った。
長い翡翠の髪、深紅の瞳。
薄暗い月光の中でもはっきりと見取れる中世的な顔立ちの、青年。
『それ』は、リゼリを上下視線を動かして見つめた。
『それ』の顔が思わず固まり、次第に赤く染まる。人間味あるその表情で、彼女は恐怖で固まっていた頭(身体)が、一瞬で頭に血が上った。
『それ』――彼が、彼女の裸体を眼の当たりにし固まっていたからで…。
「いやーーーーーー!!」
大声で叫ぶリゼリに、男は気が動転して数秒前の彼女と同じように言葉にならない言葉を上げる。
「あわわわ!?ええええええ!?」
「いいから、早く上がってよ!!こっち、見ないで!!」
じゃぽんと水の中に身体を隠す。
薬を使う使わない以前に彼女の頭の中がパニックに陥ってしまい、
「えあ、ああ!!すみません!!」
じゃばじゃばと、男は水を掻き分けるように岸に上がる。
「こっち見るな!!」
振り向こうとしたのでリゼリが大声で怒鳴る。
(なんなの!? 一体っ)
パニックに陥ったリゼリは、水の中で頭を抱える。
再び月は、雲に隠れた。
薄暗い中、リゼリは目の前の男を凝視する。
(白い翼があった。確かに、翼があったのだ。なのに……)
「えっと……」
男は「たはは」とばつ悪そうに笑いながら、リゼリを見つめる。
急いで泉から上がったリゼリは、身体を拭いて身支度を整えていきなり空から落ちてきた男を睨みつけた。
濡れた髪が酷く気持ち悪くタオルで無造作に拭いた。目の前の男もずぶ濡れのようだが、裸を見られたことによってタオルを貸してやるという気がまったく起きない。
リゼリは、鋭く男を睨みつけながら、
「確か、あなたの背中に“翼”が生えていたような気がしたんだけど?」
「あはははは……気のせいですよ~、うん。絶対気のせいです!」
と、口元を引きつらせてあからさまな嘘を、下手な笑顔で隠す男。
「ふ~~~~ん。まあ、いいわ。ところで、何で空から落ちてきたのよ?」
「え」
「だから、『何で』空から落ちてきたのよ?不思議ね。泉の周囲には木が生えてるけど、泉の水面に掛かるような枝を持つ木は…―――見当たらないわよねぇ?」
男は、思いのほか困った顔でおろおろとしている。
眉を顰めて、どう言い逃れしようか考えているのがありありと感じ取れた。
その男のさまを見ていたリゼリの表情は次第にやわらかくなっていく。
先ほど本能的に感じた恐怖感など吹き飛ばすくらいに、彼女の心は躍っていた。
(ふ…。落ちるわね、この分じゃあ!)
心の中で低く笑いながら、
(背中に羽の生えた『人間』!どこかの希少種族かなにかよね。きっと!あ、もしかして亜人種とか!?見世物小屋に売れば、一攫千金!!ううん、どうせならあたしが『コレ』を見世物にして金銀ざくざく!よし!)
心の中でガッツポーズを決めた。
胸元の銀筒のペンダントトップを指先に絡める。
はたから見れば落ち着きの無い行為と思われるよう何度も何度も、繰り返し絡めて指先で弄ぶ。
痴漢撃退用の『薬品』の入ったペンダントをいつでも目の前の男に叩きつけられるように。
(見世物だし、なるべくそうね――顔は良さそうだし、なるべく体を傷つけないで捕らえたいわよね。しびれ薬、催眠剤…それとも『とっておき』でも使おうかしら)
そんな、リゼリの腹の内を知らない男は苦々しく息をつく。
「う~ん…あまり、下界の人との接触は規定違反になってしまうのですが…」
ぼそぼそと呟きながら男は、何かを決心したように彼女を見据える。
思わず、銀筒をペンダントから外して薬を男に向かって投げようとしていた、初動作した手が止まる。
「――――…実は、僕は」
リゼリは、男の真剣な眼差しに一瞬身を竦ませた。
企みを見透かされたような感じがし、薬品の入った筒を持つ指先に力がこめられる。
「な、なによっ」
「天使なんです」
(―――――――………)
「てい」
男に向かって『しびれ薬』の入った筒を放り投げる。小さな銀筒に入った薬が空中で筒の中から飛び出て、男に降りかかる――ハズ…だった。
それは、男の胸に当たってぽとりと落ちた。
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
長い沈黙。
二人が銀筒とお互いの顔を見合わせ、
「あれ?」
男はどう反応していいのか困っているようで、それ以上にリゼリが困っている。
あれ?と声を上げたリゼリは口元に手を当てて男から顔をそらした。考え込み始めたリゼリに男はどうしたのかと首を傾げ、
(おかしわ。筒は空中でバラけて、対象の人物に降りかかるはずなのに…)
リゼリは、再び銀筒が落ちた先を見つめた。ふと、気持ち悪いと思っていた髪の毛先からぽとりとしずくが落ち、一気に血の気が下がる。
(!! あ~~~っ。しまった!やばいわ。水濡れ厳禁だった!軽く濡れるならともかく、泉に頭からあたし浸かっちゃたんだった…。この容器の最大の弱点忘れてたわ!)
思わず、頭を抱える身悶えるリゼリの脳内にリフレインする言葉。
一攫千金。
リゼリの百面相と突然の奇行にやや男は引きつつも手持無沙汰のまま立っていた。
(男…おとこかぁ…――女だったら、多少なりとも強引に縛り上げて捕まえられるのにっ)
舌打ちして、次の行動を考える。
すると、
「あ…あの~~」
「何よっ!?」
「……帰ってもいいですか?」
びくりと身を震わせて恐る恐る問いかけた男に、リゼリはその言葉に眉を顰める。
そして、ひらめいた。
「あんた、タダで帰る気?」
「え?」
「あんた、あたしの『裸』拝んだでしょ?」
「ええ!?」
「あんた、あたしが、タダで、『裸』を、拝ませるとでも、思っているの?」
「おが…ていうか、僕、拝んでも好きで見たわけでも、ていうか、事故でしょう!?」
男は慌てて言い募る。
「ねえ、貴方。羽が生えてたわよね?」
「あ、で、ですから、僕は―――」
「素直に、あたしの裸体を見たお礼として、さ」
にっこりと、男に微笑みかける。
にじり寄るリゼリと、逃げ腰で後方に下がる、男。
「見世物小屋に売られる気、なぁい??」
「ないですっ」
きっぱりと言い放ち、眉を顰める。
「変質者」
「なっ」
「自警団に通報するわよ」
「っっっ」
「うら若き乙女の生肌を、木陰で覗き見して、泉で身を清めていた私にいきなり襲い掛かり一生消えない傷を作った……。ううううう」
「はぁ!?なんで!?どうして!?僕は無実ですし、天神に誓ってそんなことしませんっ」
「神様に誓ってぇ??あたしはじーじーつぅ(事実)を言ってます~」
「……――っっ」
(青くなったり、紅くなったりと、忙しいやつね。う~ん。この男、かなりからがいがあるわ)
男を観察しながら、内心からかうのが面白くなってきたリゼリがもっとからかってやれっと口を開いた。
「―――……下界に下………こんな…」
男は震える声でそう呟く。
からかおうとしたリゼリは言葉を飲み込み男を見た。
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