【4】
がすっがすっ。
すり鉢に裏庭から摘んだ摘みたてのの瑞々しい薬草を入れ、本来ならしなるくらいの状態にするために、すりこぎで軽く叩くのだがリゼリは力いっぱい薬草を磨り潰すようにすり鉢の中で叩いていた。
「あの餓鬼っ!あの餓鬼!!あの餓鬼~~~!!」
ぐりぐりとすりこぎを回しながら、すり鉢の薬草がゲル状の液体になり白っぽい泡を吹き始めている。
「いつかいつかいつか!!いつか痛い目にあわせてやるんだからー!!」
びちゃっ
緑の液体を作業代の上に撒き散らし、グレーのワンピースにべっとり薬草のペースト状の物体が血飛沫のように転々としていた。
「リゼリさん…」
作業場の扉の隙間から、一心不乱に薬草をすり鉢で“駄目”にしているリゼリをクロードはオロオロとしながら見つめていた。
ここで確実に声を掛ければ、八つ当たりに近い仕打ち(暴力)を受けてしまうのは目に見えている。
「………」
目を瞑り、クロードは乾いた微笑を浮べながら――取り合えずその場から逃げることを選択した。
割れたポーションの瓶を片付けながら、クロードは大きく溜息を付いた。
昨日、ジェシーの言った通り彼の言葉にほだされて“タダ”でポーションをあげてしまった。それは、従業員の立場としては決して許せないことだ――いや行ない事態が間違っている。
良く、理解している。
「でも、困っている人がいるなら何かしてあげたいと思うんです…」
ぽつりと呟く。
“何かしてあげたい”、“手助けをしたい”その想いだけで――『クロードの行ない』が赦されるわけではない。
「………」
作業場の方に視線を向け、微かに感じる荒立った気配。
クロードは、大きく溜息を付く。
「――…僕はどうしようもなくダメな天使ですね…」
苦々しく呟く。
(何もかも、僕には“足りな過ぎる”)
無力感がクロードを支配し、床に落ちたガラスの瓶の欠片の鋭い切っ先を見て――ため息をついた。
かちゃりと、袋に入れたポーションのガラス容器が音を立てる。最後の一欠けらを麻袋に入れ、封を閉める。塗れた箇所に雑巾を置いて水分を吸う。
座り込んだまま再び作業場の方に視線を向け、荒立った気配は静まることは無く…。
「ううう…」
そろそろお昼になる。
食事の支度は基本的にリゼリが行なっている。クロードはその手伝いをさせてもらっている。
そもそも『料理』という行為に縁がないために、フライパンの使い方すらわからなかった。
「殴る面積が多い武器、ですか?」
薄い丸い鉄の塊を見て、告げた言葉にリゼリが呆れ果てたことは――言うまでもなく。
「―――僕は別に『食べ物』を食べるという行為をしなくてもいいんですけど…ね」
いや、体外から何かを接種する行為ということならば、天使も行っている。
天使という生き物は、地上に降りる際に肉体《ウツワ》に魂を留めるために『聖石』を作り上げる。
太陽の光を『聖石』を通して地上で活動するための聖気《チカラ》に変換し、を肉体《ウツワ》に取り込む。
それが、天使にとっての『食事』という行為だ。
そしてそれはリゼリに伝えては、ある。
だが、料理ができないことを知ったクロードにリゼリは『料理』を覚えることを言った。
「………、勝手に作り始めると怒られそうですよね」
荒立った気配に背を向けているクロードに、ブスブスとリゼリの怒りが突き刺さる。
うろ覚えのレシピや、メモしたレシピなどを見返してもいいがリゼリの指示なしに作っていいものかどうか…。
気に入らない料理や、失敗した料理など出したら今の怒りが3倍になってしまう。
「…うぅ…」
この一週間で随分とリゼリに怒鳴られ、ストレスになっているのか胃のあたりがズキズキする。
胃の部分をさすっていると、
「おや、君は?」
軽いベルの音と共に一人の男性が翡翠に入店してきた。
「っうわ?!」
リゼリのことで頭がいっぱいだったクロードは、頭上からかけられた声に驚き声を上げた。
丸眼鏡をかけた、初老の男がカウンターの中を覗き込んでいた。黒のシルクハットに、くたびれた茶色のコート。コートの隙間から見えるグレーの上着。
男はそんな彼を見て、
「ああ、すまない。驚かすつもりは無かったんだ。 ……ふむ」
じっとクロードを見据える。
何かを探るような視線に戸惑い、
「あ、あの??」
屈んでいるものの、つま先から頭上までじっくり見られているようななんとも言えない男の視線に身を縮めた。
それだけではない。
この男性の視線から『感じる』ものが、――気持ち悪い。
リゼリの荒々しい怒りの感情よりも、もっと――。
「――失礼しました。な、何かお求めですか?」
とりあえず、今度こそ店番を務めなければと立ち上がる。
「何度も、すまない。つい、君の髪が珍しくてね」
「? そうですか??」
一房、指に絡めてクロードは首をかしげる。
「たしか…ああ、まあ…――東の大陸では珍しくないですけど…?」
「ああ、君は東の大陸の出身かい?確か、バルバラス国は、髪の色が緑色系だったような。君の髪の色は…緑、といっても濃くも、薄くもある…ははは。まあ、光の加減なんだろうが…。その赤い瞳も不思議だ」
男は、被っていたシルクハットを取り、
「自己紹介が遅れたが、私はこの『区域』の巡回医師をやっているハーヴェイ・ロムソンだ。宜しく頼むよ、新しい『翡翠』の従業員さん」
柔らかい微笑を浮べた。
その微笑みに、どこかこわばっていた身体に力が抜け安堵の息をつき、
「こちらこそ――僕は、クロード・ヴォルフェルダと言います」
「ははは、そんなに硬くならなくてもいいんだよ。ああ、彼女《リゼリ》は居るかい?」
「はいっ。あ、でも…」
今だに作業場のリゼリの気配は荒々しい。
ハーヴェイはクロードの視線の意味に気づき、
「どうやら、ご機嫌斜めかい?」
「……あ、ははは…。はい……」
肩を落として、息をつく。
「でも、待っていてください。今、呼んできますから!」
「いや、今日はいい。また今度会いに来るさ」
「え、でも――」
「リゼリにそう伝えてくれ。また、来る。とね」
ハーヴェイは小さな笑みをこぼし店から出て行き、クロードは困惑した表情で見送った。
がすっがすっ。
すり鉢に裏庭から摘んだ摘みたてのの瑞々しい薬草を入れ、本来ならしなるくらいの状態にするために、すりこぎで軽く叩くのだがリゼリは力いっぱい薬草を磨り潰すようにすり鉢の中で叩いていた。
「あの餓鬼っ!あの餓鬼!!あの餓鬼~~~!!」
ぐりぐりとすりこぎを回しながら、すり鉢の薬草がゲル状の液体になり白っぽい泡を吹き始めている。
「いつかいつかいつか!!いつか痛い目にあわせてやるんだからー!!」
びちゃっ
緑の液体を作業代の上に撒き散らし、グレーのワンピースにべっとり薬草のペースト状の物体が血飛沫のように転々としていた。
「リゼリさん…」
作業場の扉の隙間から、一心不乱に薬草をすり鉢で“駄目”にしているリゼリをクロードはオロオロとしながら見つめていた。
ここで確実に声を掛ければ、八つ当たりに近い仕打ち(暴力)を受けてしまうのは目に見えている。
「………」
目を瞑り、クロードは乾いた微笑を浮べながら――取り合えずその場から逃げることを選択した。
割れたポーションの瓶を片付けながら、クロードは大きく溜息を付いた。
昨日、ジェシーの言った通り彼の言葉にほだされて“タダ”でポーションをあげてしまった。それは、従業員の立場としては決して許せないことだ――いや行ない事態が間違っている。
良く、理解している。
「でも、困っている人がいるなら何かしてあげたいと思うんです…」
ぽつりと呟く。
“何かしてあげたい”、“手助けをしたい”その想いだけで――『クロードの行ない』が赦されるわけではない。
「………」
作業場の方に視線を向け、微かに感じる荒立った気配。
クロードは、大きく溜息を付く。
「――…僕はどうしようもなくダメな天使ですね…」
苦々しく呟く。
(何もかも、僕には“足りな過ぎる”)
無力感がクロードを支配し、床に落ちたガラスの瓶の欠片の鋭い切っ先を見て――ため息をついた。
かちゃりと、袋に入れたポーションのガラス容器が音を立てる。最後の一欠けらを麻袋に入れ、封を閉める。塗れた箇所に雑巾を置いて水分を吸う。
座り込んだまま再び作業場の方に視線を向け、荒立った気配は静まることは無く…。
「ううう…」
そろそろお昼になる。
食事の支度は基本的にリゼリが行なっている。クロードはその手伝いをさせてもらっている。
そもそも『料理』という行為に縁がないために、フライパンの使い方すらわからなかった。
「殴る面積が多い武器、ですか?」
薄い丸い鉄の塊を見て、告げた言葉にリゼリが呆れ果てたことは――言うまでもなく。
「―――僕は別に『食べ物』を食べるという行為をしなくてもいいんですけど…ね」
いや、体外から何かを接種する行為ということならば、天使も行っている。
天使という生き物は、地上に降りる際に肉体《ウツワ》に魂を留めるために『聖石』を作り上げる。
太陽の光を『聖石』を通して地上で活動するための聖気《チカラ》に変換し、を肉体《ウツワ》に取り込む。
それが、天使にとっての『食事』という行為だ。
そしてそれはリゼリに伝えては、ある。
だが、料理ができないことを知ったクロードにリゼリは『料理』を覚えることを言った。
「………、勝手に作り始めると怒られそうですよね」
荒立った気配に背を向けているクロードに、ブスブスとリゼリの怒りが突き刺さる。
うろ覚えのレシピや、メモしたレシピなどを見返してもいいがリゼリの指示なしに作っていいものかどうか…。
気に入らない料理や、失敗した料理など出したら今の怒りが3倍になってしまう。
「…うぅ…」
この一週間で随分とリゼリに怒鳴られ、ストレスになっているのか胃のあたりがズキズキする。
胃の部分をさすっていると、
「おや、君は?」
軽いベルの音と共に一人の男性が翡翠に入店してきた。
「っうわ?!」
リゼリのことで頭がいっぱいだったクロードは、頭上からかけられた声に驚き声を上げた。
丸眼鏡をかけた、初老の男がカウンターの中を覗き込んでいた。黒のシルクハットに、くたびれた茶色のコート。コートの隙間から見えるグレーの上着。
男はそんな彼を見て、
「ああ、すまない。驚かすつもりは無かったんだ。 ……ふむ」
じっとクロードを見据える。
何かを探るような視線に戸惑い、
「あ、あの??」
屈んでいるものの、つま先から頭上までじっくり見られているようななんとも言えない男の視線に身を縮めた。
それだけではない。
この男性の視線から『感じる』ものが、――気持ち悪い。
リゼリの荒々しい怒りの感情よりも、もっと――。
「――失礼しました。な、何かお求めですか?」
とりあえず、今度こそ店番を務めなければと立ち上がる。
「何度も、すまない。つい、君の髪が珍しくてね」
「? そうですか??」
一房、指に絡めてクロードは首をかしげる。
「たしか…ああ、まあ…――東の大陸では珍しくないですけど…?」
「ああ、君は東の大陸の出身かい?確か、バルバラス国は、髪の色が緑色系だったような。君の髪の色は…緑、といっても濃くも、薄くもある…ははは。まあ、光の加減なんだろうが…。その赤い瞳も不思議だ」
男は、被っていたシルクハットを取り、
「自己紹介が遅れたが、私はこの『区域』の巡回医師をやっているハーヴェイ・ロムソンだ。宜しく頼むよ、新しい『翡翠』の従業員さん」
柔らかい微笑を浮べた。
その微笑みに、どこかこわばっていた身体に力が抜け安堵の息をつき、
「こちらこそ――僕は、クロード・ヴォルフェルダと言います」
「ははは、そんなに硬くならなくてもいいんだよ。ああ、彼女《リゼリ》は居るかい?」
「はいっ。あ、でも…」
今だに作業場のリゼリの気配は荒々しい。
ハーヴェイはクロードの視線の意味に気づき、
「どうやら、ご機嫌斜めかい?」
「……あ、ははは…。はい……」
肩を落として、息をつく。
「でも、待っていてください。今、呼んできますから!」
「いや、今日はいい。また今度会いに来るさ」
「え、でも――」
「リゼリにそう伝えてくれ。また、来る。とね」
ハーヴェイは小さな笑みをこぼし店から出て行き、クロードは困惑した表情で見送った。
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