3

【3】


 ―――クロードに礼くらい言ってやれよ――


ルイスの言葉に、リゼリは心が冷えた。
クロードに神罰者だと知られた――、クロード、違う――『天使』に知られてしまった。
この左腕に刻まれた証。

なんて思われているのだろう。
汚らしい、汚らわしい――神への冒涜者。
情けない顔の下に、どんな顔を隠しているのだろう。


(あたしは――、……)


 あれからカルバ商店の男手によって店は片づけられた。
リゼリは商会に一度身を寄せた方がいいと言われたがこの店から離れる気はなかった。
店を留守にするわけにはいかない、そう告げたがマルアは国軍が来たらどうすると叱る。次こそはリゼリの身柄を捕えるために来るだろう。
もめた末、カルバ商店の数人に警護してもらう形となり、リゼリは今、日が落ちたために暗闇で支配された半地下の仕事部屋に明かりを灯さずにいた。
どんな事情を聞かされたかわからないが、カルバ商店の知己の従業員と顔を合わせる勇気が無かった。

どんな風に見られるのか――思われるのか――。


(あたしは――…)

脳裏に思い浮かぶ――、もう顔も思い出せない人たち。
投げかけられる憎悪と怨嗟、嫌悪――。
幼い裸体姿のリゼリの茨を刻まれた左腕を掴み何かの呪文のような言葉を告げる。
すると、茨がざわめく。左腕のするどい痛みに叫び泣き、転がる。

いたいいたいいたい。いたいぃぃ――!

物心ついた時からある刻印が生きたように蠢き、茨の鎖がリゼリの腕をからみ取る。
己が世界を害した――神を冒涜したものの末裔だと、裸体で転がる少女の腹をボールか何かのように蹴り飛ばす。
『神罰者』と罵られ――下卑た笑いを浮かべる男たちがリゼリの四肢を掴む。
左腕が酷く傷む。

いたいいたいいたい――、助けて助けて。

叫ぶ、何度も、何度も。
助けて――。




 暗闇の中にいたリゼリは周囲が明るく照らされたことに気づき、驚きに身を震わせた。
オレンジ色の油の臭いをかぎ取り、ゆっくりと――うつむいていた顔を上げ振り向いた。

「大丈夫ですか?」

心配しています、そんな表情を貼り付けた天使がいた。
手にしたランプを手近の棚に置き、仕事部屋の床に散らばる処方箋の洋紙を天使はかき集める。
しゃがみながらそれを集める天使を胡乱な眼差しで見つめ、リゼリはすぐさま仕事机の上に顔を伏せた。
軋む古い椅子に腰を駆け、背中で拒むリゼリにクロードはどうしようか何を告げようと迷う。
「リゼリさん、もう一度聞いてもいいですか?」
そして、意を決して問う。


「この店に、僕を留めておく意味を――理由を、本当の『理由』教えていただけますか?」


 静寂が支配した空間で、リゼリは乱暴に立ちあがった。
そして、投げやりにも近い言葉でクロードに告げる。
ついて来て、と。



***



 月明かりの下、始めて出逢った場所に二人はいた。

町外れの泉。
月は雲に隠れ、明かりは持参したランプのみ。

「クロード、誰か付けてきてる気配ある?」

泉の水温を確認したリゼリは振り返って問う。国軍の監視者いるか、と。
「ここまで貴方を抱えて飛んで闇夜に紛れてきたんです。――風で周囲を探りましたが、人間はいません」
「…そ、っか…」
それを聞いたリゼリは徐に服を脱ぎ出し、その行為にぎょっとしたクロードが叫び声上げてリゼリに背を向ける。

「なななな、なにをしてるんですか!!リゼリさん!!」
「一度見たでしょ、アンタ」
「そういう問題じゃ――」
「あたしの身体はもう綺麗じゃないわ。国軍の男たちに服を剥がれて素っ裸で蹴り飛ばされて、うっすらだけどその時の傷がまだ背中にあるわ」
ほら、見て――とクロードに見るよう告げる。
上半身をむき出しにし、亜麻色の長い髪を左右に分け背中を見せる。
ランプの明かりだけではその傷は目に取れない。

「そ、それを見ることに何の意味にが――」

「あたし、三年前に効きもしない薬を売りさばいた薬屋の奴ってことで国軍に捕まったの。その時、左腕の刻印にあのヴェルゲンが気づいて他に刻印が無いのか素っ裸にさせられたのよね」
その言葉にクロードは息をのむ。
リゼリは気づかないふりをして続ける。
「あたし――、あたしの一族って言えばいいのよね。神罰者の一族、あたしと祖父だけの一族。東の大陸を逃げるように転々として唯一あたしたちを温かく迎えてくれたご領主さまがいた。祖父―おじいちゃんも『薬師』だったからその腕を買われたんだと思う。けど、あたしたちは『災い』だった。神罰者は災いの根源だもの。そう、何処に行ってもそう言われて、実際そうだった。あたしたちのせいで、ご領主さまは死んでしまった。おじいちゃんも――その時に死んだ。あたしは、東の大陸から逃げて逃げて――西の大陸にやってきた。もうどうやって来たかなんて覚えてない――あたしは、あたしは!」
軽い口調で告げていたリゼリの声色は次第に慟哭となる。


「今も昔も何度も何度も――『助けて』って叫んだ!叫んだのよ!!」


クロードに振り返り涙をこぼして睨みつける。
「三年前に、ジェシーがバラまいた噂で、あたしは捕えられた。そしてなぶられるあたしの代わりに先代が牢屋へと入れられた。尋問じゃなく拷問のようなむごい仕打ちを受けて、ばあちゃんは――あいつらに殺されたのよ!その時もあたしは願ったし祈った!神様に!助けてって!なのに――」

「留めておく理由なんてアンタが、アンタたちの存在が憎いからに決まってるじゃない!利用しようとしたのよ!天使ってやつを!なのにこの役立たず!!何処までも、何処までも、役に立たない――『神』の『御使い』様!」

「嘘ですね」


リゼリの絶叫を一言で斬り捨てた。
泣き叫ぶ少女の有様に、冷えた眼差しを向ける。
「貴女の今『感じている怒り』は、本物です。けど、それは今現在の絶望(かなしみ)から出てきた言葉で、理由です。僕は確かに役に立ちません。この世界の――人の営みすら僕はまだ理解できては無い。貴女の役に立つことなんてないでしょう――、教えてください。本当の理由を。貴女が神罰者であることがどうとか、僕にとってはそんなことどうでもいいんです。だって、リゼリさんは何時だって横暴で乱暴で人の話聞きもしな――」

手近にあったランプがクロードに投げつけられ、慌てて避ける。ランプが割れ、油に火が燃え移り一時周囲を激しく照らすがすぐに炎は消え去った。
互いが互いを薄ら輪郭程度しかわからない闇の中で、リゼリは叫んだ。
「アンタがどこまでも使えないからでしょうに!!」
ランプが当たらなかったことに腹を立てたリゼリはクロードに殴りかかった。
「ちょちょ!?」
「ちょこまか逃げないで殴られなさい!」
「嫌ですよ!じゃないくて!!」

上半身裸のリゼリに眼のやり場がない。
輪郭程度でも、何も身に付けていたい上半身が視界に入るたびに頬に熱が灯る。
揺れる双丘に泣きそうになる。
女性ならば、女性らしく羞恥心を持ってもらいたい。
クロードが上半身の件を告げる前にリゼリが小石に躓き前につんのめる。
「!?きゃっ!!」
「!リゼリさん!!」
両手を伸ばし彼女を受け止める。腕をまわし触れた背中の指先に感じる――微かなミミズ腫れ。
見えない程度の傷だろう。でも、傷は一つではない。指先から感じる滑らかであるはずの皮膚の歪み。

「っひ…」

クロードの指先から感じる触感にぞくりと背中を震わせたリゼリが微かな悲鳴を上げる。
その確かめるような撫で方に、細やかな傷跡を撫でられているとはリゼリには思いつかなかった。
そもそも、傷が目立たなくなったしそんな傷跡――リゼリは今回の件が無ければ気にもしていなかったのだ。
けれど、リゼリの慟哭にその傷を知らされたクロードの心には静かな怒りがわき上がる。

三年前、少女に無体を働いた人間に対する――怒りだ。

「ちょ、クロード!!」
抱きしめられ、肩口に顔を埋められ肌に感じた吐息でようやく自分が――上半身裸と言う事に気づいた。
「やっ!」
羞恥心に顔を赤く染め、クロードの腕から逃れようともがくリゼリに、

「教えてください――本当の理由を――」

クロードはいく度目かの問いを告げる。




 身だしなみを整えたリゼリは赤い頬をぺちぺちと叩く。
自分から脱いだことに羞恥心を覚えるな、と己に悪態をつく、
そもそも、傷を見せようとしただけであって裸体(はだか)を見せるつもりも抱かせるつもりもなかったのだ。
心の中がぐちゃぐちゃで止められなかったのだ。
怒りで、憎しみで、――自分がいるから厄災が起こると言う事実に――絶望で。
そして、神の御使いである『天使』に糾弾される――恐怖で。

(ミランダさん…)

他人から見て褒められた人でなくても、リゼリは彼女が好きだった。
――昔の笑みも、今の悲しい笑みも――、いつかきっと昔のように笑ってくれる時が来ればいいと、思っていたのだ。
瞳を伏せ、小さく息をつく。
クロードとリゼリは、並び合いながら泉の淵に腰をおろしていた。
半時ほど、無言でいたがリゼリは沈黙に耐えきれず言葉をこぼした。

 「―――普通に男手がほしかったのよ」

「は?」
「従業員雇うにしても、うちの店火の車だし、お金ないし、……こんなことになったから…、今度こそ店潰れるわね」
リゼリは肩をすくめて言った。

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あらすじ。

薬師と天使

クライン領「ハーバル町」の薬師「リゼリ」(金銭貪欲)にうっかり弱みを握られてしまった(もとい、リゼリの裸を見てしまった)
天使「クロード」(綺麗事大好き)のドタバタ繁盛記(コメディ)(?)。

※暴力表現とか流血表現とかあります。
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