7

【7】

 ジェシーとハーヴァイが来訪したその翌日――。

 寝不足気味のリゼリが居間のソファーでぐうぐう眠っていた。
クロードは検品をしながら店番をしていたが、分からないことがあったので検品表を持ちながらリゼリのところにやって来たのだが…。

「……お疲れの様子ですね」

検品表をテーブルに置き、眠るリゼリに自室から毛布を持ってきてかける。
毎晩遅くまで起きているために、日中にしわ寄せがきているのだろう。
もしかして調合失敗は寝不足の為なんじゃないんだろうか?とふとそんなことを思った。
テーブルの上に置いた検品表を手にし、さてどうしようか…と迷う。
検品表には、商品のナンバリングの一覧と使用期限と製造期限が書かれていた。
その上で表品の優・秀・良の三種類に別れているものもあり、三段階の価格が書かれている。きめ細やかなその表はほぼ白紙と言っていいほどで――。
(僕が来る前は、数百種類の薬を取り扱ってたんですね)
現在は、増減があっても十八から二十二種類となる。価格の高いものが期限の長いものであり、どうやら調合者が先代のようだ。
リゼリの調合したものは、風邪薬、傷薬、火傷薬、化粧水、香水、など。使用期限の短いもので比較的常備薬や化粧品関係が多い。
そして初めて『文字』を見たときに驚いて表を取り落としたこともあった。

(……媚薬関係…催淫薬に…魅了香水…)

驚いたを通り越して平然としてそんなものを棚に並べているリゼリを思い返す。その時の彼女は満面の笑みで「金三枚、欲しい??」とキラキラした顔つきでクロードに問うた。
クロードの反応が面白いからからかっているのであって、売るつもりはない。もちろんクロードは買うつもりはなく、それを購入するだけの金三枚など持ち合わせてもいない。

「……急ぎ…ではない仕事ですよね?起こして聞いて殴られるか、起こさないで――聞かないで殴られるか…」

究極の選択だ、と頭を抱えるクロード。
最終的に殴られるのならば――。聞いておいた方が良いのかも?
そう考えにいたると、店の方で来客を告げるベルが鳴る。
思わず声をあげそうになり、そっとリゼリを見る。
眠るリゼリに少し微笑んでから、そっと居間から店へと出た。


 「おーす!」
現れたクロードに気さくに声を上げた青年。
くすんだ緑色の上着に、灰色のズボン、焦げ茶の短髪に無造作に撒かれた黒いバンダナ。
黒い目がクロードを捕えて無遠慮に上下する。

「い、いらっしゃいませ?」

引きつった笑いを浮かべたクロードに、青年はにこりと笑う。
「リゼリは調合中か?」
「え?あ、いいえ、いまちょっと――」
「まあ、別にあの爆発娘には用がない。いやーマジで、まじなんだなー」
じろじろと青年が舐めるようにクロードを吟味する。
この店に勤めてから何度も味わった珍獣扱いだ。
どうも、この町の人々はリゼリの店に『従業員』が入ったのが珍しく、そして―注視している。
(なんか、これって見世物小屋と同じ感じが…)
肩を落として、客である青年問う。
「なにかご用ですか?」
「ああ、ポーションを三本くれ」
悪い悪いと苦笑いを浮かべた青年が、ポーション『琥珀の雫』を指さす。
昨日の苦い記憶が甦ると、青年が苦笑いを浮かべ――。
「ジェシーのこと許してやってくれないか?」
青年はクロードに頭を下げた。
突然の出来事で、驚いた声を上げたクロードに青年は小さく笑った。
「ジェシーもなんていうか、切羽詰まって…な。あいつの姉貴が病にかかっててもう三年も寝込んでいるんだ。巡回医のハーヴェイ先生ですらお手上げで…、都の腕のいい医者は目が飛び出るほど医療費が高い…それで治ればいいけど――」
再び青年が頭を下げる。
「あんたがリゼリに怒られたって聞いて…。ジェシーのやったこと、許してくれ!」
「え、あ、あの…別にリゼリさんに怒られることは――たくさんしているので一つ増えたくらい大丈夫です、よ?」
何とも曖昧な返答となってしまったが――、大丈夫なわけがない。
リゼリの怒りは怖い、痛いし…。ちくちく言葉でも刺しても、来る。
思いっきり、クロードの強がりとそして目の前の青年を安心させようと――そう思い口から出まかせを言った。
(嘘一つ…ですね)
内心、がくりと膝をついて駄目なぁ僕、と情けなく毒づく。

「あんた、いい奴だなっ!!」

青年がキラキラした目でクロードを見つめて、
「俺はディック。ディック・カルバだ」
そう言ってクロードに手を差しだした。
「ご丁寧に、僕は――」
そこで、青年ディックと握手するために差し出した手が止まる。

カルバ?

「ん?ああ、俺がカルバ商会のルイスの長男だ」
と豪快に笑う。
「…え?では…マルスさんのお兄さんですか?」
「ま、な」
苦笑いを浮かべた彼の言葉に、触れられたくないことだと言外に言っていた。
それを感じ取ったクロードは、小さく笑ってディックの手を取った。
「僕はクロード・ヴォルフェルダです」
「クロード、な。よろしく」
「こちらこそ。――あと、ジェシー君のことですが…」
握手を交わし、クロードはディックに切りだした。
「リゼリとジェシーは駄目だ。無理だ。あれはもう、怨念の域に入ってる」
「え?」
突然のディックの言葉に、クロードは瞬きする。
言いたかったことは、「リゼリさんとジェシー君、仲良くなれませんか?」に近いのだが――。
二人の関係が怨念の域…とは?
「確かにリゼリさんの暴力はひどいですが…岩塩投げますし…、けど」
「あれは――あの『事件』はジェシーが…と、悪い…口が滑った…。とりあえず、ジェシーが一方的に悪い。俺も、町のみんなもそう思ってる――けど、ジェシーも反省はしているんだ。頑ななのは…いや、リゼリにとっては恨んで当然だけどな…」
悪い、これ以上は――と、目を伏せる彼に慌てて両手を振りクロードは言った。
『事件』と言う単語が気になったが、
「いえいえいえ!大丈夫です。当事者でも町の人間でもない僕が首を突っ込んでいい話ではないですし」
「そう言えばクロードは『流れ者』か?」
話題を素早く切り替えてくれたディックに感謝しながら、頷く。
「探しモノで『旅』をしている最中です」
「へー。旅!何処に行ったんだ?」
「そうですね、まず始めは『第四神殿』から――」
「神殿?!」
すっとんきょな声が上がりクロードは驚く。
ディックがふるふると震えながら、
「神殿、て言うと――外殻神殿とか――いやいや、内殻神殿とか、見た、か?」
鬼気迫る顔つきで問うディックに、
「え?ええ――」
と、答える。そもそも、『神殿』での天使の降臨は内殻神殿内の一部『天の階』で行き来するために、天使にとって内殻神殿は『最初の地上』である。
「う、わーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ディックが叫ぶ。
嬌声に近かった。
「マジでか!うわ、マジかよ!!」
キラキラしたものがディックから飛び交う。
「ああ、いいないいないいないいな―――ちくしょう!!羨ましいぜ!!」
「え゛?」
いいなを連呼するディックが、陶酔したかのようにクロードに告げた。

「神殿の『石像』って――ルーシェック作だろう?!あの質感とかあの彫り――」

石像?ルーシェック?質感?彫り???
クロードはその単語を組み合わせ考えるも『理解』できず、とりあえず呼び戻そうとディックの肩を掴む。
「ディックさん?ディックさん??」
「あ、ああ。悪い悪い。神殿かぁ…神官とか神殿騎士とかになれば中に入れるのかなぁ…」
「? え?あの、内部は一部一般開放しているはずですけど??」
「ああ、知ってるぜ。知ってる知ってる。だけど、俺が見たいのはルーシェック作の石像たち。石工工芸はこの世の最たる美!だ!なのに、ルーシェック作の石像たちは外殻神殿側よりも内閣神殿側に安置されているんだぜ!酷い!ルーシェックに対する冒涜だ!ルーシェックに謝りやがれ!!一般開放しろ!!」
力いっぱい拳を握りしめてクロードに宣言する。
感情と言うか、激情(?)が高まり次第にディックの声が大きくなる。
クロードは背中に嫌な汗を流す。居間ではリゼリが寝ているのだ。



こんなに騒いだら起きてしまう――!



 「うるっさいわよ!!この石工馬鹿!!」
居間へと続く扉を乱暴に開け放ったリゼリがディックに麺棒を垂直に投げつける。
が、ディックは軽々避け、
「まだまだ、だな。馬鹿めって~~~!!おいぃいぃ!」
言葉の言い終わらぬ内の、次の攻撃に悲鳴を上げた。
まな板の角がディックの額に激突し――、
「ぐぁぐぁぁぁぁあ!!」
額を押さえて店の床に転がる。
慌てるクロードに、リゼリはふんっと鼻を鳴らして、

「石石石石!!なにが艶めかしい石よ!アンタ頭おかしいんじゃないの!?石工の像の腰や腹みてニタニタしているし気持ち悪いわよ!アンタ!!」

「! 石の肌なめるなよ!?研磨すれば人間赤ん坊の肌よりもつやっつやで!ぴかっぴかで!きらっきらなんだぞ!あと、女体像のくびれ!くびれをただの石から掘り出す作業がどれほどのもんだと思ってるんだ!あの『くい』っと曲がった感じをどれだけの職人が挫折してきたと思っているんだ!腹も、男体像なら腹筋が大切なんだ!!メタボな像なんかあり得ないだろう!!」
リゼリの暴言が許せないのか、痛みををこらえて叫ぶ。
「石工工芸をなめるな!見ろ俺の力作!!」
懐からディックは、一羽の『鳥』を出した。
真っ白な鳥だ。可愛らしくディフォルメされているような――むしろ子供に人気のありそうな――ぼってりとした鳥だ。可愛らしい小さな眼は、黒曜石でもはめ込んでいるのか漆黒に輝いている。
可愛いと言えば可愛いが――、

「で、やるよ。いろいろな迷惑料」

ディックは叫び声を一転させて、気さくな声を上げた。その変わり身にクロードはついていけない。いや、一連の彼の言動が理解不可能だった。
(石?艶めかしい??)
首を捻るクロードを脇に、リゼリは鳥を目を細めて見たのち、
「……」

差し出された鳥を掴み振りかぶった。

「て、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいい!!」
慌ててディックがリゼリを止めに入る。
「アンタ、こんな安い鳥の石細工一つで迷惑料?!どうせなら、『金剛石《ダイヤモンド》』で作ってきなさい!!金剛石《ダイヤ》で!」
「おま!人の気持ちを売る気だろう!!」
「当たり前でしょう!金剛石を売らないでどうするのよ!!それに!無駄にできが良いくせになんで商品作らないのか分かんないのよ!!しかもなにこれ!どう考えても、ぬいぐるみ作った方がバカ売れじゃない!?」
ディックは石工工芸は腕が良い。ハーバルの町で質の良い工芸品(アクセサリーの類いなど)も作っていて、都にも若干下ろしている。だが、それはすべてディックの勤める石工工房の親方のデザインだ。ディックのオリジナルではない。リゼリが手にしている鳥は、ぼってりとしていて、いかにも間抜けな感じのデザインだ。石でなく、ぬいぐるみならば子供受けもいいし――売れるだろう。いや、自分《リゼリ》がほしい!
ディックを振りほどいてクロードに同意を求める。が、
「…え、ええ?」
バカ売れとか、分からないです。
と、ついていけない状態のクロードに舌打ちするリゼリ。
「美的感覚のない奴め。いい、見なさい――この、つぶらな瞳!ぼってりとした身体つき!――かわ――」

「はあ、なんか間抜けで太った感じの鳥ですよね」

かわいいじゃない!という言葉が、クロードの台詞にかき消された。
ディックは「あらら」と言う感じで肩をすくめて、
「おい、兄弟」
「え?兄弟??」
「まあ、言葉のあやだ、クロード。お前、いま、ものすごく地雷踏んだぞ…」
クロードに肩を組んで囁く。
と、
「うん。そうね、間抜けね――、間抜けな鳥ね――。アンタは、馬鹿鳥だけどね!!」
ドスの聞いた声色でリゼリは叫んだ。
手にしていた鳥はカウンターの上に―――その代りリゼリの手には――まな板が――。
「え゛?」
ディックは素早くクロードから離れ…、

「兄弟、達者でな~~!」

そう言って、薬屋『翡翠』から出て行った。
そして―――、

「間抜け、ね。アンタほど似合う言葉はないわよね~」
じりじりとリゼリがクロードに迫り、

「ひぃ、ひーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

泣き声に近い叫びが店内から町の外へと響いた。
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※暴力表現とか流血表現とかあります。
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