5


【5】


 「ハーヴェイ、さんが、来た…?」

厳しい表情でリゼリはジャガイモをクロードに放り投げる。投げつけられたクロードは慌ててそれを受け取り、ナイフで皮を剥く。
「はい。また来るとおっしゃってました」
「……そう」

 荒ぶるリゼリが仕事部屋から出てきて開口一番に「何してんのアンタ、昼食の準備くらいしてなさいよ!」と理不尽な怒りをぶつけ、「ちょうどいいから料理覚えなさい」とクロードの腕を掴んで台所に引き込んだ。
そして、ハーヴェイの来店を告げたクロードにリゼリは野菜袋からじゃがいもと玉ねぎを投げ渡す。一瞬投げつけられるのか身構えたクロードは受け損ね、慌てて床に落ちる寸前に受け止めた。
慌てふためくクロードを無視して、丸パン(表面が固く中がふんわりとしている保存がきくパン)を厚めにスライスする。
手際良く昼食を作るリゼリの隣であたふたと準備するクロード。
既製品の調味料と鶏肉、野菜で作られた簡素なスープが出来上がるころには、食卓はスープの完成を待つだけになっていた。
鍋を難しい顔つきでスープを混ぜるリゼリにクロードは、意を決して告げる。

「あのっ」

「…なに」
不機嫌極まりない返事が返ってくると、びくりと身体を震わせた。
「――どう考えても、僕はリゼリさんの手間を増やしているだけかと思うのですが…」
リゼリは鍋の中のスープからクロードに視線を向けた。
クロードは、何とも言えない苦々しい顔つきでリゼリを見つめていた。

「従業員としてこちらで働かせて頂いても、僕はリゼリさんの大切な商品を無料で差し上げてしまいました。それに紅茶や料理もできない。―――こう言っては…なんていうか…、僕としては悲しいことですが…なんていうか…」
言葉を濁すクロードを冷ややかな目でリゼリは見つめる。
「役立たず」
ぐさっとリゼリの言葉が刺さる。
クロードは、リゼリの目から逃れるように視線を外し、ここでリゼリに屈するわけにはいかない!と気力を振り絞りながら、彼女の冷ややかな視線を受け止める。
「っうぐ……そうです。役立たずです。なのに、役立たずの僕をリゼリさんはすぐクビにせずにどうしてこの店に『置いて』て下さるんですか?」
その言葉に、リゼリは眉を動かしただけだ。

数日この店で寝起きしてクロードは気づいたことがある。
彼女はかなり気が短い――そして、

(どこか、追い詰められている感もかあるんですよね…)

夜遅くまで自室で何かをしている。調合は、半地下の仕事部屋で行っているので、自室で薬の調合は行っていないはずだ。
そして、店側と自室を行ったり来たりを行っているため店のなにか…ということだろうけれど…。
調合の材料は、クロードに店番を頼み仕入れに行ってくる。
主に採取だったり、取り扱いのある店を訪れたりと一日帰ってくることはない。
その間、店をただ開けているだけのクロードは未熟な接客をしながらも、『リゼリ』の店の従業員という事で訪れる人々に面白い者として見物に来られていた。
なので、仕事をしていた感は少なくお喋りに来る人々に苦笑いを浮かべていた。

そこで知りえた情報―感じとしては、リゼリはこの町で微妙な位置にいるようだった。

町に迷惑をかける厄介者。やることなすこと悪い方向へ行く災いの薬師。見習い感覚が抜けていない。短気。そして、お金に目がないので積み上げれば厄介な薬など作る。
腕は良い。腕がいいだけに、何かを起こすんじゃないかと心配。という、町の人々の言葉には、疑心暗鬼が含まれていた。
心から心配している人もいれば、クロードと言う従業員を招きいれたリゼリが何かをたくらんでいるんじゃないかと疑いを持つものなど。

これ以上、リゼリという少女の側にいても、クロードにとってはマイナスにしかならない。
彼女がほしいのは、クロードという『従業員』ではない。
クロードが『天使』ゆえに、懐に入ってくるであろう『お金』が目的なのだ。
そうクロードは結論を出した。


「お金がほしいのでしたら、用意します」


「は?」
リゼリは間の抜けた声を上げてしまった。
突然に何を言い出すのよ、このバカは?といぶかしむと、
「金一千万枚。こればかりは僕だけではどうにもなりませんが、金貨を借りる当てはあります。なので…聖石を返していただけませんか?」
その言葉に、何度か瞬きする。
(は?)
リゼリは突然のクロードの申し出に首を捻る。
(当て、が、ある??)
目の前の天使はいたって真剣だ。本気で言っている。
「アンタ、何処の『金貸し』から借りるつもりよ。身ぐるみはがされて、売り飛ばされるのが落ちよ。見世物小屋ならまだしもアンタ、髪が長いから男娼として売られるわよ」
呆れた眼差しを天使である彼に向けると、クロードは「だっ男娼?!」と引きつった声を上げ、
「な、あのですねっ!僕は天使ですよ?!」
「あーはいはい。そうですね。役立たずの天使様ですね~」
スープが出来上がったので、リゼリはクロードの非難の声を受け流しスープ皿に盛りつけ一枚をクロードにつきつける。
クロードの申し出を戯言と切って捨て、非難の声を無視し、リゼリは彼を嘲笑う。
「で?一体どこから借りつもりよ」
「……『第四神殿《フォーステンプル》』です」
皿を受け取ったクロードの言葉に、リゼリは「ああ」と思い立った。そこに思い至らなかった。

(そう言えば、『天使』だったわね。こいつ)

 神殿とは、大地が大きく五つに割れた際に各大陸に一つ機関として建造されたものだ。
神を祀り、神の御使いを呼ぶための者。大地の『循環』を制御する意味合いも含め、過去の大戦で破棄された過去の文明器を管理する役割も持っている。

(にしても、『神殿』?てっきり、『教会』かと思ってたけど…)

この国で、この一国が支配する『大陸』で幅広く宗教観点から認知されている組織は神殿ではなく『教会』。
300年前に、大陸を統一するための戦で多くの命が無くなった弔いの為のものだが現在では神殿と同じように神々を祀っている。ハーバルの町にも教会が1つ建っている。
礼拝の時間は大勢の人々が集まり、神に祈りをささげる。そして七日に一度の安息日などは、幼い子供たちに読み書きを教える勉強会なども無償で行われている場所だ。

(確かに、天使の身分で神殿に頼めば、一千万枚…)

「もともと、僕は第四神殿に属する天使ですから頼めば――」
「え?ちょっと待って?なにそれ。第四神殿に属するって、何?」
クロードの言葉を遮り、リゼリは手に持っていた自分の昼食であるスープを入れた皿をテーブルに置く。
そして、クロードに席に着くように促し、
「アンタ、一体何?」
その言葉に、クロードがぱちくりと目を瞬きさせ、
「え?え??」
驚いた声を上げた。
「何って、天使ですが…?」
「第四神殿に属するって何?」
「…言葉の意味そのままです。天使は、地上に降りる際には必ず『神殿』を通すこととなっているんです。確実な決まり事ではないので、通っていない天使もいますが通っていない状態で地上でふらふらしていると痛い目に会う事があります」
向かい合う形で席に着いた二人――クロードとリゼリは互いに何かを探り合うように見つめる。

「天使は気に入った国、人などに『契約』を申し出ます。それを双方が承諾した場合、『守護』と言う形で『領域』が作られます。神殿は、その『領域』を把握する役割を持っています。天使にとって、他の天使に『領域』が侵されることを嫌いますから、もしそうなった場合――一方的に滅ぼします」

物騒な単語に、思わずリゼリは額を手で押さえた。
「侵した者と侵された者の力量で被害の大きさが変わるのですが…。神殿としてはなるべく被害を最小限に留めたい為に『天使』の動向を把握して、『神殿』に降り立った新たな天使にその情報を渡します。その情報を元に天使は地上で行動を起こします。他の天使の『領域』内に訪れるならばまず『あいさつ』。これは重要です。それがないと先にも言いましたが、一方的に滅ぼされます」
「…つまり、アンタは第四神殿に降り立ってそこで『情報』をもらった、と?」
「はい。僕はこの大陸の第四神殿に『天使長』と共に顕現しました。ですから、一般の天使の顕現よりも『天使の長』の従者扱いの僕は神殿では一般の天使よりも優遇されています――頼めば…一千万枚…貸して頂けないかな…と」
言葉尻がだんだんとか細くなる。
リゼリはクロードの言葉を咀嚼するように、取り込む。そして、
「天使の…『長』が、この大陸に来ているの?」
その言葉に、クロードが必死な形相で立ちあがり、
「ええ!!なので、非常に拙い事態なんです!!リゼリさんが担保にした石は『聖石』と呼ばれる天使が地上で顕現した際に作られる力の源なんです――!取られたなんて…っば、ばれたら…!」
震えるクロードの姿を見て、胸元に隠してあるその『聖石』という緑の宝石を思い浮かべる。
(ふーん…)
焦るクロードと対照的に、落ち着いているリゼリ。
「―――僕は失敗ばかりです。リゼリさんにはご迷惑しかおかけしていません…。多分、これからもリゼリさんにご迷惑をおかけすると思います。僕みたいな役立たずをリゼリさんが雇用―――」
「なんでこの石を取られたときに思いつかなかったの?神殿のこと」
「え?」
クロードの言葉を遮り、胸元からヒモで結ばれた革袋を取り出し彼に見せつける。
「始めて会った時…じゃなくても。この店に着いた時、神殿から借りようと思わなかったの?」
革袋を揺らしながら、リゼリは問う。
クロードはその革袋から発せられる『聖石』の気配に、思わず――-、

「………、借りること自体、思いつきませんでした…」

どんよりとした雰囲気で呟いた。
つまり、この町で過ごした僅かな間に学習したことなのだろう。
『お金を借りる』と言う事を。
「そういえばさ。神殿の維持費って、何処から出てるの?」
スープが冷めると言って、食べ始めたリゼリはふと思ったことを問う。
この大陸にある同種の『教会』は国の税金で各町や村に存在している。その為に維持費はすべて国持ちだ。もちろん、一般からの寄付金などもあるがその場合は町村の統治者や領主に渡され管理される。
管理された寄付金は飢饉や災害など起こった場合に使用される。
「神殿ですか…。この国で幅広く布教されている『教会』とは違いますから…ね。教会のおかげで国の援助もほぼないそうですし…多分。お布施がほとんどかと」

「寄付金で一千万枚取る気だったんだー天使様ひどいー」

棒読みでリゼリはクロードに告げると、彼は慌てた。慌てて、弁解をする。
「も、もちろん借りるだけです!きちんと神殿にはお返しします!」
「当ては?当てがあるの?アンタ」
その言葉に、クロードはデジャブを感じた。
(あ、あれー?)
どこかで、似たようなやり取りを…。

背筋に嫌な汗が流れる。

「いいわよー。金一千万枚借りてきなさいよ。あと、返済の為に仕事が必要なら――」
リゼリはクロードの固まった表情が面白くて、楽しくして仕方がない。
なぜなら、

「うちで雇ってあげるわよ?一千万枚もらえて、低給料の従業員が居て?なんかすごくラッキーな感じ~」

けらけらと笑う。
「ほらほら、さっさと借りてきなさいよ。あーっ!金一千万枚どこに隠しておこうかしら。床下?うーん、ありきたりね~」
パンを貪りながら、

「で?どうするの。馬鹿天使」

がっくりとうなだれたクロードに、リゼリは真顔で問うた。

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あらすじ。

薬師と天使

クライン領「ハーバル町」の薬師「リゼリ」(金銭貪欲)にうっかり弱みを握られてしまった(もとい、リゼリの裸を見てしまった)
天使「クロード」(綺麗事大好き)のドタバタ繁盛記(コメディ)(?)。

※暴力表現とか流血表現とかあります。
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