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油断したんです…。
苦笑いで答える天使に籠から乾いたタオルを出し、渡す。
「とりあえず、止血くらいしてあげるわよ」
真新しい包帯を出す。男は困惑していた表情を驚きに変え、苦笑いを浮かべた。


包帯を巻き終え、上着を着始めた天使を見ながらリゼリは己の行動を見直す。
「……あたし……なにやってるんだか…」
溜息が出る。

天使の言う通り、傷は浅かった。
出血が多く見えたのは、泉に落ちて濡れたせいで血痕の広がりが大きく見えたのだ。

久しぶりに見た『赤』と、じわじわと身体を犯すような『何か』――。
リゼリは左腕を握り締めて、きつく目を閉じた。

感じている『恐怖』に、抵抗するために。

「ありがとうございました」
身支度が済んだ天使がぺこりと頭を下げ、リゼリは苦笑する。
包帯を巻き終えたときにもお礼は言われたので2重の御礼。
「別に、いいわよ。病人はほっといても怪我人はほっとけないしね」
「……」
眉を顰める天使。
(不愉快ですか…。まあ、どういう理屈だって言われても困るけど)
「怪我人は、できる限り手当てできるけど、病人は医者の仕事ってこと。あ、ちなみにああたしはこれでも薬師だけどね、病状把握が未熟なのよ。つまり、医師に『この人は風邪だから薬は風邪薬』と言われないと駄目なの。ちゃんと医学書も見てるけど、医師の下できちんと修行を積まないと駄目ね~」
座り込みのんきに告げた彼女と彼の間に、奇妙な沈黙が下りる。
手近に落ちていた木の枝を手に取り、奇形図でも描くように動かす。特に、意味の無い行動。ただ、リゼリは沈黙に耐えられないだけ。
「はぁ。一攫千金~~~~~~~~~~~~~」
「まだ言う!?」
「当たり前じゃない。金銀ざくざく。老後も安心。楽園(パラダイス)~~~」

げんなりとリゼリを見る天使に、顔を向けて、
「その怪我ってカラスにでも襲われたの?」
冗談交じりで聞いてみる。
黒羽根と白羽根が浮かぶ水面に視線を向けた。
「――――カラス…と言っていいのでしょうけど……。まあ、『邪魔者』と言っては差し支えないですね」
「邪魔者ね~」
空を見上げる。
月は、また黒い雲の後ろに隠れてしまった。
「――――――――――『探しモノ』を探しているんです。」
ポツリと、言葉をこぼす。
「探しモノ?」
「ええ――――三〇〇年前に、失った、翼を…」
天使は、空を見上げ、自嘲気味に視線を伏せた。
その表情に、リゼリは目を見張った。

泣き顔のような――後悔のような――。

諦めのような――。

この、表情は――。

(あ…)

思わず、手を伸ばしかけた。
けれど、天使は立ち上がり、「ありがとうございます」と言って、白い翼を現した。
ばさりと、一度羽ばたく翼。

普通ならば、この出会いは、奇跡だった。

と、過去形とされる。
けど、リゼリは言う。


「………だから、何あんた、帰ろうとしてんのよ」

「はい?」
低い声で彼女は、天使の服のすそを掴む。

「誰が、勝手に帰っていいって、言ったのかしら?」

にっこりと微笑むリゼリ。
「あんた。本っっっ気で、乙女の柔肌ただで拝んで行く気じゃないでしょうね」
服のすそを掴んだ反対側の手の平を天使に向けた。
「??」
きょとんとして、リゼリと手の平を交互に見つめ首をかしげた。
「はい」
くいくいと、出すものを要求している手の平。
「えっと…?」
戸惑う天使に、
「お金よ、お・か・ね。あたしの裸を拝んだ代金払えって言ってるの。物分りの悪い天使だこと」
眉を吊り上げて言う。

「え゛?」

「呆れたわ。本気で、生肌タダで拝んでいく気だったのね。それとも、話で誤魔化してチャラにしようとか?」
口元を引きつらせて天使は声を上げる。
「えええええ!?ななな??」
「まあ、金一千万枚は頂けるんでしょうね?
あたしってば優しい~~~。怪我人だから3割引きにしておいて『あげた』わよ。包帯代も、タダにして『あげる』から」
にこりと微笑むと天使の顔から血の気が引く。
人間の通貨単価を知っていたのか、天使は慌てた。そして叫んだ。
「ききき、金一千万枚ぃ!?」
逃げようと、翼を羽ばたかせ、
「まさか、天使様ともあろう方が、覗きの上に、代金踏み倒すって言うの?天使様ともあろうかたが?神の御使い様が?へえええええええ」
ぐっ。
天使から、鈍い音が聞こえる。
掴んだ服の裾を引っ張って、
「それとも、見世物小屋で一攫千金―――――」

「働いて返します!」
リゼリに毅然とと言い放つ、が、
「どこで?どうやって?」
一瞬で天使は泣きそうに顔を歪める。
悔しそうにリゼリを睨みつける。が、男の睨みを物ともせずにリゼリは笑う。
天使にとってはまさに邪悪そのものの笑みだったろう。
そして、リゼリは畳み掛けるように天使を追い詰めようとし――、『それ』が目に付いた。

目に付いたのは、本当に偶然。

その襟元に輝く、『緑色の石』に手を伸ばす。
慌てて天使が身を引くよりも早く、飾りである石がリゼリの手の中に入る。
「これで我慢してあげるわ」
掴んでいた裾をはなし、石を出てもいない月に翳す。
「まっ、ちょ、まっ!?待ってください!返してください!」
石を取り返そうと手を伸ばす天使に、満面の笑みを浮かべて、
「金一千万枚」
天使の伸ばした腕が固まる。
「払えないなら、この石はあたしが代金としてもらっとくわ」
「待ってください!それがないと困るんですよ!!本当に――!!」
「……へー…」
天使の持っている宝石という価値しか見出せないリゼリにとって天使のあせり様は弱みに付け込むためのものでしかなかった。
「僕が、僕が働きますから!!働いて支払いますから!!」
「どこで?どうやって?」
意地の悪い聞き方をするリゼリに天使は弱弱しくうつむく。
「っ」
そして、ひらめいたとリゼリは手を打った。
(これってもしかして、チャンス?)
と――。
うまくことを運べは――、
(あ、でも……いやいやいや。天使って以外に『便利』かもじゃない?)
一瞬のひらめきを打ち消すように
「…うーん……、不安材料があるけど、…」
内心ニヤリとリゼリは不敵に笑う。

笑いをこらえて、

「しかたないわね~……。ウチの店で雇ってあげるわ、ただし。この石は担保よ?」

『緑の石』を服の中にしまいこむ。すると天使は「ああっ」悲痛な声を上げる。
どうやら、女性の服を引っぺがして強引に奪うことはしないようだ。たぶん、願い『良い天使(ヒト)』なのだろう――道徳的に出来ないようだ。
(奪われそうになったら、叫べばいいわね?)
満面の笑顔を向けられ天使は苦々しくつぶやく。
「わ……っ。わかりました……」
そして、恐る恐る言葉を出す。

「………あの」

こっそり、ガッツポーズをとっていたリゼリはその言葉にビクリと身体を震わせ、
「っな、なによ」
思わず、声が上ずる。
天使が問う。
「雇うって、あなたが雇い主ですか?」
「そうよ。不服?」
「ええ。あわ、ええっと……」
「早く、言いたいことがあった言いなさい」
正直にうなずた天使のきれいな顔を殴りたいと一瞬思ったリゼリは早く喋るよう促す。
天使は意を決して、言葉を出した。

 「何の店ですか?」

その様子が、「見世物小屋じゃあないですよね!?」そんな感じに怯えていたのでリゼリはさてどう言おうと悩んだ。
そして、

「ふつーの(たぶん)、薬屋よ」

その言葉を聴いて、天使は胸を撫で下ろし、ほっと息をつく。
その様子を見ながらリゼリは心の中で毒づいた。
(……経営かーなりピンチだけどね…)
そして、天使は店の経営を状態を思っている微妙な顔をしているリゼリに首をかしげた。

「そんなことより、あたしは、リゼリ。貴方は?」
気を取り直し満面の笑みを浮かべたリゼリに、戸惑いつつも天使――彼は名を告げる。

「クロード。僕の名は、クロード・ヴォルフェルダです」

その瞬間、強く拳を握りしめ、リゼリは静かに内心笑う。

(やったぁぁぁぁ!タダ働きの男手!!)

けれど、この後――――彼女は後悔をする。

この天使が、どれだけ世間知らずで、紅茶一つも入れられず掃除もできない―――役立たずだと言う事に…。
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あらすじ。

薬師と天使

クライン領「ハーバル町」の薬師「リゼリ」(金銭貪欲)にうっかり弱みを握られてしまった(もとい、リゼリの裸を見てしまった)
天使「クロード」(綺麗事大好き)のドタバタ繁盛記(コメディ)(?)。

※暴力表現とか流血表現とかあります。
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