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 15分後。

さて、人は皆、日々汗水流して馬車馬のごとく働いているのでした、マル。
どんな、汚い仕事をしていても汚れは落とさなきゃ綺麗になりません。
ほら、ゴミ捨て場の掃除でも、トイレの掃除でも。家の掃除でも。

 翡翠屋の裏庭に位置している風呂罐(かま)は黒煙を吹いていた。


「陰謀よ!!あの、小憎たらしい悪餓鬼の陰謀よ!!今度あったら、叩き落とす!!あ、ちがうわ。岩塩ぶつけてやる!!」


げしげしと罐をを蹴る。

薪で火を熾して、火で熱せられた石で水を温めお湯を作る。そんな簡単な造りであるに関わらず、罐は壊れたのだ。煙突には煙は一切吹かず、薪を入れる罐口から黙々と黒い煙が立ち昇る。


「一日の終わり、リフレッシュして、明日を迎えようって言う人間に対して『お風呂』が壊れるのよ~~~~!」


 「リゼリさんが、炭の後始末していないから奥で詰まって温まるものも温まらず燃えるものも、酸素不足で燃えないんですよ。
そして、煙突に煙が行かず罐口から煙が……はあ」

あっさりと、怒りで叫ぶリゼリに冷たい言葉を向ける青年が窯の様子を見ていた。
赤みを帯びた金髪に、鳶色の瞳。
角淵の眼鏡のフレームを押し上げ、彼はため息をつく。

「ちゃんと掃除してるわよ!?言っとくけど、昨日は普通に使えたわよ!?絶対、あの悪餓鬼よ!」

「……リゼリさん…。あのですね、とりあえず“あの”少年見かけて塩撒くの止めてもらえます?苦情来てますから」

「なんでよ。サンマルズの荒塩よ?めちゃくちゃ高いんだから」

「そういう問題じゃなくてですね。錆びるんですよ。鉄製品が!」

「んじゃあ、岩塩ぶつけるわ。今度から」

「………はぁ…」

盛大に彼はため息をつく。


 (疲れる)


彼女――リゼリの相手は疲れる。
店が傾いてから、“ああ言えば”、“こう言う”を地で行く自己中心的な人間となった彼女の相手は、疲れる。
出来れば、仕事でも関わりたくない人間だ。

青年―マルス・カルバは時計を見た。

ちょうど、夕刻六時。
急がなくては、大切な待ち合わせに遅れてしまう。
そわそわとしながらリゼリを横目で見る。
リゼリはぶつぶつ言いながら、例の少年を陥れることを考えて物騒なことをつぶやいている。
マルスが時間を気にしていることには気がついてはいない。
「こうなると、煙突からの掃除になりますよ?明日になりますが、いいですか?」

「よくないっ!!あたしに、煤まみれでいれって言うの!?」

「そういっているわけでは…」

「言っているじゃない!!」

慌てるマルスに、噛み付く勢いで抗議する。

「何でも屋でしょ!?お金を払っているんだから、きちんと仕事してよね!」

口を紡ぐマルスにリゼリは腕を組んで仕事を促す。


 マルス・カルバ、彼の父――ルイス・カルバはこの一体の商店のまとめ役であり仲裁役でもある。そして、彼は「カルバ商店」の跡取り息子だ。
けれど、リゼリの中では、「跡取り息子」というよりは「馬鹿息子」として認識している。

なぜなら、自分=客の要望を強く言わないと、この男はさらりと人の要望を流して“自分にとっていい方向”に捉える癖がある。
キツク言わないと、後で痛い目にあうのは依頼人=客なのだ。

ちなみに、ハーバル町では有名なことだ。

実際、独り立ちしたマルスに仕事を依頼した。
カルバ商店の店主ルイスには生涯返せないほどの恩義を感じているため――世話になっているよしみで、だ。

依頼内容は、リゼリの寝室の出窓の立て付け悪いということで修理をお願いしたのだ。



けれど、修繕したその日に嵐が来て『修理した』窓のみ、吹っ飛んだ。



マルス曰く、

 「蝶番がきついと、開閉が鈍くなるから“若干”緩めにしておきましたから。」
と…。その、“若干”でリゼリは、真夜中部屋に雨風の襲来を受けたのだ。
次の日、嵐の空けた朝。雨水と風で舞い込んだ木の葉と塗れた布団の始末を朝日が開けた瞬間からし始めた。


つまり、彼女はその件で根に持ったのだ。

マルスならば別の店に…と断ってしまうところ、現カルバ商店の店主ルイスに押される形に(繰り返すが、爆発騒ぎでなどでお世話になっているので、彼の息子より強気に出れないところが哀しい)なってしまって、いつも翡翠屋には「使えない何でも屋」が来るのだ。
 
「あ、ほら、中央公園の隣の公衆浴場で今日は我慢していただけないですか??」

「…あんた。なんで、あたしが我慢しなきゃならないのよ!?あたし、時間外の割増料金払っているんだから!」

何とかしろ!と叫ぶリゼリに、



「今日はデートなんで無理です」



 きっぱりと、言い放ってマルスはにっこりと笑う。
言うが速し、仕事着からハンカチを取り出して汚れた手を拭き、「それじゃあ、また明日!」
ハンカチを振りながら走っていく。
ぽかんと口を開けて呆然と突っ立ているリゼリは、空に飛んでいるであろう烏のひと鳴きで我に返る。

「ふざけないでよね!!金輪際二度とあんたんとこにモノは頼まないからね!!割り増し料金返せ!!」

「大丈夫です!リゼリさんは、物を壊すのが得意じゃないですか。大丈夫です、きっと『何でも屋』の男手が必要になりますから~」

ハンカチを振りながら通りの向こうでこちらの叫び声に答えた。実際、本当のことで思わず頭に血が上る。



 「っっお前の為に、薬なんか作ってやるもんかーーーーーーーーーーーーーーーー!!下剤盛ってやる!!」



沈み始めた夕日と、翡翠屋の前の通りを歩く――帰宅する町の住人はリゼリの叫び声に「ああ、またか」と思いながら我冠せずといった顔で帰路に着いていた。

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あらすじ。

薬師と天使

クライン領「ハーバル町」の薬師「リゼリ」(金銭貪欲)にうっかり弱みを握られてしまった(もとい、リゼリの裸を見てしまった)
天使「クロード」(綺麗事大好き)のドタバタ繁盛記(コメディ)(?)。

※暴力表現とか流血表現とかあります。
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